テーマ:平戸

松浦市  日向 近江

景行天皇が九州遠征した時の行宮 伝説地 平戸島の南端 野子町の宮ノ浦 松浦市 志佐川の下流 日向の場所は松浦市の中心街 天孫降臨の高千穂宮は不老山か 星鹿町の地名は星の神 香香背男 文庫書紀①120-9、136-6 星鹿は防人がいた場所と伝えられる。 黒曜石を産する。 元寇の戦いで、御厨半島の星鹿は鷹島に渡る日…
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土井ヶ浜遺跡  124号人骨は英雄か? 術師(シャーマン) か? 

『郷土資料事典 長崎県』 人文社 1998年 P124下 日本にもいたアマゾネス(女戦士)   根獅子の竹久保箱式石棺墓は、弥生文化遺産として知られ、貝輪17個・骨銛2本・須恵式土器1個・人骨4体を出土しているが、なかでも話題をまいたのが女人骨である。   というのも、頭のてっぺん近くに銅鏃片が射込まれていたからで、銅鏃は、そ…
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大家島

風土記の平戸  角川の地名辞典 長崎県巻 P1113右 より 「 肥前風土記 」 によれば、景行天皇が巡幸したとき、大家島というところの村に大身という土蜘蛛がおり、常に天皇に逆らったので、これを討ち滅ばした。 その後、この島には白水郎(あま)たちが宅(いえ)を建てて住みつき、そのため、この島は大家島といわれるようになったとい…
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斉明紀 童謡 (難解)

斉明紀 6年12月 の難解な童謡(わざうた) 岩波文庫 日本書紀(四) P366 まひらくつのくれつれをのへたを らふくのりかりがみわたとのりかみをのへたを らふくのりかりが甲子とわよとみをのへたをらふくのりかりが Google で 「 斉明 童謡 」 で検索して通説・諸説を知る。 ある個人サイトに、小学館「古典…
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沢蘭  万葉集4268

当ブログの基本的な手法は小字地名である。 小字は 角川の地名辞典 各県巻 巻末小字一覧 に載る。 万葉集4268 の「里」、「霜」は平戸市早福町の小字である。 ※ ほかに「里」は田平町の里免、小値賀島 唐見﨑「里之前」がある。 4268 の歌の場所が早福なら、沢蘭は国指定天然記念物のイトラッキョウである。 「黄葉」で…
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朝鮮と一衣帯水 の場所

記紀・万葉は白村江の戦いまで存続していた九州倭国の書である。 邪馬台国または記紀・万葉の九州倭国と朝鮮は一衣帯水の距離にある。 倭国は高句麗 広開土王碑の碑文にあるように朝鮮へ出兵しやすい位置にあり、その所在地を推理すれば奈良県・大阪府の関西は問題外で、遺跡が多い福岡市・糸島・大宰府や八女・佐賀平野も朝鮮への渡航はむつかしい。 …
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平戸島の南部

Google で検索  「 文化庁天然記念物緊急調査選定群落リスト 」 長崎県に 「志々伎山のタチバナ自生地」 が載る。 タチバナは 記紀の 筑紫(竺紫)日向の橘の小戸 万葉集の 橘之 嶋宮 (179) 近江の海の八十嶋の花橘(3239) 嶋山尓 安可流橘 (4266、4276) などがある。 …
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高天原の候補地

高天原の場所探しは天石窟と天真名井があることが条件。 天石窟の候補地 ① 佐世保市 下本山 付近の洞窟 佐世保には洞窟が多い。 ② 平戸市 大佐志町 礫岩 の石窟 早福の高松神社の祭神は高市姫命である。 ③ 小値賀町 野崎島 二半岳中腹の祭祀場といわれる石窟 野崎島には地元の人しか知らない洞窟があるらしい。…
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生駒山を発見

真(ほんとう)の生駒山は小佐々町の 足毛馬 (174メートル) だ。 小佐々町には地名の 葛籠(つづら)免 がある。 これが葛城。 船が難波を出港すると生駒山が見える― 万葉集4380 難波 ― 浄土ヶ浦 生駒山 ― 足毛馬(174メートル) 難波宮が佐世保市 相浦の浄土ヶ浦なら、隋書倭国伝の秦王国( そこ…
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伊都国より先は不明

当ブログの編集方針は記紀万葉の記述を基に魏志倭人伝の邪馬台国の位置を発見しようとするものである。 伊都国は水銀鉱がある佐世保市 相浦で決まり。 それから先の 奴国 不弥国 投馬国 邪馬台国 狗奴国 は位置不明だ。 私見では邪馬台国または女王国は小値賀町の野崎島なので、魏志倭人伝に書かれた伊都国より先はわかりませ…
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檳榔の島

古事記 仁徳記 吉備の黒日売   檳榔(あぢまさ)の島 角川ソフィア文庫 新版 古事記  P180 歌謡番号53 角川ソフィア文庫 新訂 古事記  P149 歌謡番号54 岩波文庫 古事記  P158 歌謡番号54 仁徳記の歌によれば、難波には「埼」(さき)の地形があって、淡道嶋から檳榔の島が見える。 …
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吉備国

吉備国は平戸市の中心街である木引田(きひきだ)町である。 吉備の児島は黒子島である。 吉備の神部は七郎宮跡(宮の町)である。 古事記の 仁徳記 石之比売命 で、 「 吉備国の児島の郡の仕丁、是れ己が国に退るに、難波の大渡に、・・・・ 」 ※ 大阪市の難波から岡山県の児島へ戻るは遠過ぎて現実実際的でない。…
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木ヶ津  ( 平戸市 )

遺跡名 馬込遺跡 (まごめいせき) 所在地 平戸市紐差町380-1 他 緯度 北緯33°17′2″ 経度 東経129°27′54″ 標高 9m前後 地形 河岸段丘 種別 墳墓・集落跡 時代 弥生時代 資料所在地 平戸市教育委員会 指定状況 未指定 参考文献等 「馬込遺跡の発掘調査 …
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淡海の字

淡海は、 淡海 近江 相海 青海 滄海 碧海 大海 内海 近つ淡海 遠つ淡海 などが考えられる。 万葉集は異説異伝がある歌があり、それは改謬されている事実があることを示す。 「淡海」の字が本当に淡海なのか定かでない。 「淡海」の場所は複数ある。 私は 難波を平戸市 田平港 大伴御津を平戸市 …
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邪馬台国 発見の大宣言!!!!!!!!!!!

Google で 「 野崎島 王位石 生石 」 「 王位石 」 で検索すれば、現地の人のブログで王位石(おえいし)を 生石 と言っていることがわかった。 これはもう、万葉集355 の生石村主真人の「生石」に間違いないと断定できる。 魏志倭人伝の邪馬台国の位置は長崎県の宇久島・小値賀島で、 野崎島は超超超超超重要であ…
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平戸市 田平町の小字 ( 一部 )

山内免 所望崎(しょもざき) ⇒万葉集で難波の歌にある「欲」の字 日ノ浦 ⇒難波津 尼久保 馬場﨑 京木 城山 大久保免 鮪揚(しびあげ) 小手田免 椿﨑 ⇒推古紀で裴世清を迎えた海石榴市(場所は笠松天神社) 山口 祓川 立部(たちべ) 桜久保 市ノ瀬 辻 唐舟(とうせん) 七節 八幡﨑…
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大伴御津 は平戸市の主師 (しゅうし)

龍田 (たつた) の候補地 ①案  平戸市 田平町に 轟滝 がある。 場所は 松浦鉄道 たびら平戸口駅 近くである。 バス停 平川橋 の小字が「立田」(たてだ)である。 万葉集の龍田は険しい山の峠のように思えるので、ちがうかな。 大伴御津は、桜が咲く滝がある道の龍田を下った所にある。 ②案  平戸市 …
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マトメ  ノーベル賞候補だ!!!

邪馬台国の位置をはっきりさせた人はノーベル賞に値する。 漢委奴国(=出雲国、万葉集 楽浪の淡海国)は宇久島 山本 平郷 邪馬台国(=高天原)は小値賀島と周囲の小島 ※ 平戸市 早福町~大佐志町 も高天原の候補地です。 倭国は平戸諸島~松浦市~佐世保市~五島列島 隋書倭国伝の竹斯国は平戸市 野子町 福良 …
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漢委奴国  筑前朝倉橘広庭

漢委奴国の位置 ①案 倭国の場所は平戸市。 倭国の極南界は平戸島の志々伎または野子。 ②案 倭国を平戸諸島とみれば、南端は宇久島・小値賀島で、最南端(極南界)は小値賀島の笛吹-黒島郷になる。 検討した結果、漢委奴国の位置は宇久島の平(たいら)郷の海岸である。 木を切ったらいけない場所は志々伎神社の社叢意外にない。 …
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高島

万葉集の高島 275  勝野原 1171  三尾勝野 1172  高島の香取の浦 ⇒ 生月町 壱部浦 香取 (生月町役場付近) 1238  竹島 阿戸白波 五百入 1690  阿渡川波 鞆 1718  足速之水門 監 1734  足利湖 塩津菅浦 ⇒ 壱岐 芦辺町 瀬戸浦 塩津 1691  客(たび) …
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大和三山  (平戸市)

高山・香具山・石見の高角山・筑紫日向高千穂峰  ⇒ 志々伎山 畝火山  ⇒ 佐志岳 耳梨山  ⇒ 屏風岳 万葉集257 「天降付」 260 「天降就」を瓊瓊杵尊の天孫降臨とみる。 260 の「百式」を志式(志々伎)とみる。 佐志岳の伝統行事である野焼きより、佐志岳を畝火山とみる。 佐志岳は大国主神の母親の刺国…
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荒磯

万葉集   荒磯 2434 1397 1180 3253 363 3077 135 1797 2733 3991 568 131 509 3243 138 3244 3993 2801 3206 918 3959 4049 3072 1689 2004 2751 3163 …
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日本列島の玄関だった平戸市 野子

平戸市(平戸島)の南西端の野子沖は、薩摩と往来する船、朝鮮と往来する船、五島と往来する船、中国と往来する船、博多と往来する船など、たいへん混雑する航海の十字路だった。 志々伎神社は高千穂宮である。 沖都宮・辺都宮は九州倭国の宗像大社である。 魏使が着岸した末盧国は野子町の福良で、古事記の竺紫である。 筑紫の志賀白水郎…
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いなみ

「いなみ」を 万葉集表記別類句索引 ( 笠間書院 ) で抜き出せば、 稲日都麻  509 稲日野毛  253 伊奈美国波良  14 伊奈美嬬  942 印南都麻  3596 稲見乃海之  303 伊奈美野乃  4301 稲見野乃  1772 稲見野能  938 印南野乃  1179 不欲見野乃  940…
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田平町 里田原遺跡 (平戸市)

田平(たびら)町には宗像神社があり、出雲系の土地である。 田平⇒平(たいら)⇒大羅(宇久島の小字に「大羅」がある) 里田原遺跡⇒五十戸(「さと」とよむ。 万葉集892、3847) ⇒出雲の五十田狭の小汀 上里に「大津」がある ⇒ 淡海の大津宮 日ノ浦(田平港)が淡海の大津ともみれる。 万葉集29 から、淡海の大津…
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隋書倭国伝  秦王国 と 邪靡堆 の位置

万葉集を読んでわかったことは、倭国の位置は 平戸市~松浦市~佐世保市~五島 であり、最も重要な場所は平戸市南部の屏風岳・佐志岳の周囲である。 「日本国」の場所は早福町である。 「倭」(やまと)は山跡で、その場所も屏風岳-佐志岳 の丸い半島である。 隋書倭国伝 (609年) の竹斯国は平戸市南部の野子町 福良。 志々伎神社…
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生駒山

万葉集の生駒山  屏風岳山頂の東の小字「牧田」 1047  日本国(屏風岳・佐志岳・早福町が日本)  炎(佐志岳の野焼き) 2201  鞍(屏風岳山頂の東側の小字「正田加鞍」) 3032  3033「焼流火気」は YouTube動画 「佐志岳野焼き」 参照    3589 3590 4380  奈尓波刀  梁田郡…
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マトメ

筑紫  福江島 竺紫  野子町の福良・志々伎山 ※宗像は志々伎神社の辺都宮・沖都宮 高天原  早福町域(屏風岳-佐志岳の西側斜面) 天石窟  礫岩の洞窟 国つ神の出雲  古田湾 と 宇久島 淡海国の大津宮  大佐志町 枚の湖  平湖島で古田浦 津吉町 大坪 佐保の山  佐志岳 万葉集29 の平山 ①案  …
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平戸島南部の原始古代

根獅子遺跡 ⇒ 根の国?   平戸島の西海岸の根獅子(ねしこ)浜の小砂丘上にある弥生時代の埋葬遺跡。 昭和8年(1933)から古人骨の出土が報告され、同25年に再埋葬の人骨類の調査が行われ、同47年・平成4年(1992)年には発掘調査が行われている。同25年の調査では人骨4体・骨銛・貝輪などが確認されて、うち一体の女性人骨頭頂部…
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平湖島  平壺島

[ 東シナ海渡海の要所 ] 弘安の役では至元18年(1281)3月、モンゴル軍が漂流していた日本船の水夫を捕らえて描かせた地図より「平戸島」の戦術上の有利さを認識したことから、東路軍と南路軍の合流地とし、日本を占領する前衛基地にあてる計画で、実際モンゴル軍のうち江南軍は7月に「平壺島」に到着(「元史」 日本伝)、島の津々に停泊させ…
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