亶洲 など


  豊か、実りが多い  豊国、豊浦
  「静かに水をたたえたさま」 の意味から、油谷湾
https://wikimatome.org/wiki/%E6%BE%B6

  大海。 瀛=奥 で向津奥。 私見では向津具・油谷町

亶=豊か、実りが多い は山海経 海外東経の青丘国、常陸国風土記 であり、
私見では下関市の有冨上。

『山口県地名考』 高橋文雄 著  P228 油谷
俗説に 「この湾は波がおだやかで油を流したようであるから油谷という」 

土井ヶ浜も 「瀛」 「羸」 の場所に入る。

『新説 日中古代交流を探る』 いき一郎 著 葦書房 1989年
P48-8行目
澶洲の澶にいという意味のあることもあり

文庫書紀③128-4 顕宗天皇 2年9月  近江国 置目
気力衰へ邁ぎて、老い耄れ虚けれたり
目は長門市日の人

狭狭城山君 韓帒宿禰
油谷町 新別名 の人丸神社の字「陵」(三佐崎 ミサザキ)
淡海のササ浪

日置(へき) は和名抄東急本 「比於木」 の訓

「羸」 の字は「瀛」 に通じる。

土井ヶ浜遺跡から出土した鏡2枚は
先代旧事本紀 天神本紀
現代語訳本(安本美典、志村裕子 批評社 2013年)
P139-末行
羸津鏡・辺津鏡
である。