淡路の多賀


邪馬台国は
  環境センター吉母管理場
  廃校になった梅光学院大学 梅ヶ峠校舎
  海上自衛隊下関基地がある永田本町・永田郷
  厚母大仏 ・・・・ 重要文化財 (旧国宝)
  豊洋台
のあたりにあった。

万葉集の長門の浦は、まさに永田本町の景色である。
永田は長門の転訛である。

出雲の御大の大前を毘沙ノ鼻と戸屋ノ﨑の間にある環境センター吉母管理場に比定すれば、高天原は御崎になる。
御崎の丸山(丸瀬) には野生馬が伝えられ、これが天斑馬である。
御崎の渕ヶ谷には洞窟があり、これが天石屋である。
渕ヶ谷の洞窟がある場所は滝があり、「どうどうヶ淵」 という。 五十鈴川だ。

岩波文庫 日本書紀(一)  P82
是に、日神、方に磐戸を開けて出でます。 是の時に、鏡を以て其の磐窟に入れしかば、戸に触れて小瑕つけり。
其の瑕、今猶存。 此即ち伊勢に祟秘る大神なり。

この記述から、天石窟は伊勢にあったような感じがある。

天照大神は御崎地区南端の御崎神社から北端の渕ヶ谷に移動しただけか。
大河原集落から環境センター吉母管理場入口に登る山道の字地名が「仙堂」 であり、仙郷へ行く道だ。

考古学は都市論なので弥生・古墳時代の「関西は人口が多い」 と言う。
しかし書物から、倭は仙境の住人である。
神仙の地は永田川流域で、干拓される前は潮の干満が大きく景色絶景だったと思われる。


難波宮は吉母の若宮神社である。
淡路島は蓋井島である。

江戸時代の地誌に、古く、吉母の「山中」 「印内」 「金畠」 には銅山があり、修験者の伽藍が何百とあったという記述は看過できない。 青丹吉 奈良 だ。

伊奘諾尊の幽宮である
  淡路の多賀 ・・・・ 古事記
  淡路島に伊奘諾尊の墓がある ・・・・ 履中紀
  日の少宮  ・・・・ 永田本郷の「若宮」「日ノ殿」か
は蓋井島にある。

多賀の音である「たが」 を国語辞典で引けば
あげくのはて、究極
という意味がある。

淡路の多賀 候補地
①考 蓋井島の北端
②考 志賀島の西端 (中津宮、大崎、弘の天神社)




蓋井島の 八幡宮
祭神
応神天皇 神功皇后
住吉荒魂大神 (境内社)
水波能売神 (水ノ明神社 - 俗に若宮社ともいう)

創建は後小松天皇の応永2年3月といわれる。
創立前は岩戸(住吉荒魂神鎮祭の所) で氏神として、現在の八幡宮の社地に当る所から拝していた。

例祭  11月22日

山の神の祭 (7年に1度 辰と戌の12月に行う)
辰年、戌年の12月の辰日と戌日から4日間に亘って、各戸はその所属する一の山、二の山、三の山、四の山から枯木を集め、一願半余にきり、円錐形に立てる。 中に75本の幣を立て75尋の縄で結ぶ。
それより前お供えの古壺一ケ(口経 4寸、胴経 1尺余、高さ 1尺3寸) ― 俗に山の神の霊という ― と、朴木の割膳75に、75種の供物、75重の鏡餅、生魚一掛(現在は生海老をサザエの殻に入れる) と共に沢山の人形を供える。
一の山から順次秘祭が行われ、第4日目の祭事が終ると、島中の人は宮の下に集り餅撒きをして終る。
祭事は一切無言、各山の神迎えをして神座(腰俵) を作りその上にひもろぎを立てる。

この起源は新羅の鬼が4つのモツクリコツクリから渡って国土を窺ったが毒酒に酔って3つは森脇に倒れ、残る一つは高野田ノ頭に行って果てたのでその魂魄が祟りをして島民を悩ました。 そこで山の神と祝い祭るという。 また異敵の渡来したのを誅したものともいう。
しかし水神、山神、川上、海神等の農耕神を祀り、国土の守護を祀るという説が正しいらしい。

宝物
祝部大甕 (高さ3尺4寸 胴周3尺7寸)
祝部平甕 (直径7寸)
神像 (立像1尺4寸)
仏像 (立像7寸 足利時代の作)

万葉にいう沖津借島はこの島といわれ、浮き津軽島、又は苅島とも異名が多い。

島の南海辺に「真名井」 という神井があり一ノ宮の祭祀はこの水を供えた。
のち石楠の槽(ふね) によってこの水を山田村に移し「双水井」(そうすいのいど) の真名井という。
後神水に石蓋を覆うて一般の汲取を許さなかったので自来「蓋覆い」 と呼び後世蓋井島の名を呼ばれた。
蓋をしたのは天平宝字年間で、その上に社を建て水の明神を祀ったのち豊浦藩は流人の島とした。

水の明神社雨乞
毎年8月15日、明神様祭が行われる。 これは雨乞の祭りで昔は小願一週間、中願一週間として祈禱が行われた。
これで降らぬ時はさらに大願一週間の祈禱が行われたという。



下関神社誌   P73 ~ 74 
山口県神社庁 下関支部
昭和33年1月25日発行 より


※ 蓋井島に「岩戸」 という地名場所がある。
※ 郷土史本で、田万川町 江崎 の湾を出た場所にある小さい島「名島」 が万葉の長門借島という。

※ 岩波書店 新日本古典文学大系 萬葉集索引 では
「阿武郡田万川町の加礼島とも、下関市吉母の蓋井島ともいう」