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zoom RSS 対馬の北部

<<   作成日時 : 2011/04/07 03:52   >>

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対馬の北部(上県郡)は任那説もある ― 主に韓国人や在日の人が唱える
上対馬町大浦の小字「田舎」は垂仁紀の都怒我阿羅斯等の田舎か。
岩波文庫 日本書紀(二) P20 「一に云はく」

しかし大浦は追(おふ)浦とも書かれ、これは出雲の意宇(おう)である。


峰町の伊豆山は伊勢か。「いづ」は斎く、稜威、厳で、神々の居着く聖地という。 長崎県の地名 平凡社 P931下

伊豆は伊都で、穴門の伊都都比古。
怡土郡深江村子負原 ― 峰町 志多賀に「古府(こふ)ノ町」がある。

峰町 賀佐 竹無山 ― 竺紫日向の笠沙

静岡県伊豆の地名に「対馬」があり、「たじま」とよむ。
⇒ 但馬、田道間守


日本書紀 天武紀下 3年3月  岩波文庫 日本書紀(五) P118
対馬国司守 忍海造大国言さく、「銀始めて当国に出でたり。即ち貢上る」

大国主神は上県町佐須奈甲 大地 または佐護の人で、佐護銀山のことであろう。


高天原 ― 峰町
淡海 ― 仁田 犬ヶ浦の「佐佐伊」は佐佐木の転訛で「左大臣」と俗称する
出雲 ― 佐護


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