小値賀島 が伊都国


当ブログは地名を第一に考えて、思いつき(あてずっぽう・ご都合主義)で邪馬台国の位置を推理する編集方針である。比定地をころころ変えることで、比定場所がそこでよいのかシステムを動かしてみる。「下手な鉄砲も数撃てば当たる」方法論を採るので、命中率よりも何発撃てるかが力量である。1000発撃って1発でも当たれば、既存の正統的な学問世界は崩壊する。
学術研究者の学会は福島原発と同じく、なれあい踏襲と事無かれ主義である。

学問のやりかた は、たとえば
Google で 「 京都大学 国文学 演習 」 で検索して、教授先生のメッセージ

国語学国文学というのは、皆さんよくご存じの、万葉集、源氏物語、平家物語、西鶴などの作品を研究対象としています。それらの古典がどのような世界を描いているのか、登場人物はどういう造形がなされているのか、作者はどんな人であったのか、外国文学の影響があったのかなど、文学にまつわる様々なことがテーマとなります。昔の人々の喜怒哀楽が描かれたのが古典作品ですから、そこでは人間というのはどういう存在かという、深い考察が必要となることもあります。

ただ、国文学の研究は、評論ではありませんので、実証的な研究、証拠を提示しながら論を立ててゆく必要があります。そういう方法は演習という授業で訓練します。テーマや理論、古典世界については特殊講義で学びます。国語学は、古典の中の日本語を分析して、古代日本語はどんな発音をしていたのか、どんな文法体系であったのかなどを研究します。国語学でも、演習で方法を学び、特殊講義でテーマや理論を学びます。

日本の古典には有名なものも多くありますが、一般には名前の知られていない作品も多くあります。そういう作品は、写真や原本に当たって分析する必要があります。ほとんど研究されていない古い資料を自分の力で発見し、分析してゆくことも、大きな喜びです。どの時代でも、高校時代に学んだ古典文学の世界よりも、はるかに広い言葉の世界があります。そのような言葉を学ぶことによって、古代から現代までのそれぞれの時代の人の心を知ることが、国語学国文学という学問の目標です。


学術研究の手法では邪馬台国を見つけるのは無理だと思う。
「白猫でも黒猫でも鼠を捕るのが良い猫だ」(鄧小平)で、思いつきのあてずっぽうでも、邪馬台国の位置を見つけた者が偉い。

私自身の地名探究にあたり、「記紀の天の斑馬とは小値賀町の斑島産の馬である」が自説の原点(出発点)なので、天照大神がいた高天原は斑島付近にあると言いたい。もちろん、斑島から馬の骨は出土していない。

末盧国 ― 斑(まだら)島
伊都国(戸数 千余戸) ― 小値賀島

宇久島 本飯良 の宮ノ首遺跡から末盧国の記述と同じ潜水漁による大型アワビ貝が大量に出土している。5世紀の馬の骨も出土している。
宇久島は牛や馬の放牧に適した草原が広がっている。
宇久島を末盧国(4千余戸)に比定してもよいが、斑島を末盧国とする。戸数4千余戸や里程論は誤りとみる。


小値賀島については Google 「 小値賀観光情報 」 で検索してください。