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zoom RSS 対馬出身の大国主神

<<   作成日時 : 2011/03/17 17:35   >>

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日本書紀 天武紀下 3年3月  岩波文庫 日本書紀(五) P118
対馬国司守 忍海造大国言さく、「銀始めて当国に出でたり。即ち貢上る」

日本書紀 神代上 では大国主神の出自や系譜がいまひとつ不明である。

島大国魂御子神社  上県町佐須奈乙 ― 古事記の国若比売
島大国魂神社  上対馬町豊

国つ神とは土着の神ではなく対馬の神である。
古事記の刺国大神(刺国大の神)は対馬上県町佐須奈甲 地 の人である。
参照  『長崎県の地名』(平凡社の地名辞典) P890

出雲は対馬北部

少彦名命は侏儒の阿曇連の系譜
阿曇連は奄美〜五島の海人で、アコウを神木とする。

天智天皇の都である 楽浪の淡海国の大津宮、楽浪の志賀の韓アは対馬上県にあったとも考えられる。

魏志倭人伝では対海国は官ではなく官である。



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