邪馬台国 下関

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zoom RSS 乾(いぬい) の方位

<<   作成日時 : 2017/02/14 04:57   >>

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下関の有冨倭国では方位方角が絶対的決め手である。
名前が「儀万」 という珍しい家は天文遁甲の原点を意味する。
「儀万」 という家は有冨村(延行、石原を含む) の庄屋だった。

江戸時代まで日本人は陰陽道で生活していたので、昔のものを読むには陰陽道、陰陽五行、易経、風水などの民俗学、古代の中国哲学の知識は必修である。 これらの学・知識・教養に基づいて方位方角を語ることになる。

地球は丸いので、地点と地点を直線で結ぶことができるのは5万分の1地図 2枚貼り合わせ まで。 地球は球体だから、奈良県の地点と九州の地点を直線で結んでも実際は歪んでいる。 磁石方位は西偏約7°

冨士埜勇 談  長年、下関市菊川町・川棚で発掘調査を担当 
古代人の方位感覚には「約」「だいたい」「おおよそ」 といったものはない。
わずかでもズレるなら、その方位方角への説は間違いである。
1°たりともズレてはいけない。 ピンポイント、ドンピシャあるのみ。

基点
有冨上 字「中村畔」
竹生寺
この2つが基点である。

神武東征の臣は有冨ハンドウ山の登山道の人である。
この「道」 の字は道家、道教を表す。

老荘思想 Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%93%E5%AE%B6


北西の乾(いぬい、乾為天) の方角を調べると、
竹生寺−永田郷の御堂遺跡−吉母の樋の口神社−御崎神社
が直線で結ばれる。

御堂遺跡は隣の字地名が字「宗教」 だから老子の墓ではないか。

吉母の樋の口神社 字「安常」 祭神 天照大神
この神社は字「安常」 にあったが明治17に北側の字「樋の口」 に移された。
『古代氏文集』 住吉大社神代記 P42 381 の広田大神だろう。

御崎神社の登り口にある「阿部」 という家は
文庫書紀C210-1 伊勢阿部堅経 の末裔である。

御崎の海岸 岩の上に弁財天の祠が立つ。

東は誕生、西は死滅。
墓は西に造られる。 本州の西端に位置する吉母は墓の場所である。


 Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%BE





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