テーマ:下関

楠葉

参照 『 日本書紀索引 』 吉川弘文館  平成6年第7刷 楠葉  河内 崇神10年9月27日 屎褌  岩波文庫 (一) P290 楠葉宮  河内 継体元年1月12日  同 (三) P166 楠匂宮  大和か 欽明14年7月4日  同 (三) P304 自衛隊風に国防の見地から戦略思考の地政学で国土を見れ…
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筒木の韓人 奴理能美

「筒木」 とは丸太のこと 日本書紀では筒城 韓人なので、朝鮮式山城の主か。 山代川は菊川・内日の田部川とすると、 奈良は楢﨑 葛城は入野か、または山瀬川の内日ダム   入野は「百合野」 だったので、倭の高佐士野   入野の川は狭井河 葛城山は唐人山とも呼ばれた狩音山であり、筒城は鬼ヶ城 鬼ヶ城の謎の石塁は丸…
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古田史学 多元的歴史認識

古田武彦氏は古代の日本列島では複数の王朝が存在していたと説く。 私見では 九州内の朝鮮系・中国系のクニ は長門下関の倭国に朝貢していた。 岩波文庫 日本書紀(二)  P242 仁徳天皇 12年7月3日 高麗国、鉄の盾・鉄の的を貢ぐ。 注に 「高句麗は当時強盛な敵国で朝貢などするはずがなく、これらの記事は書紀編者が…
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下関 地名考

『 下関の地名 』 増補改訂版  平成13年  下関市教育委員会 小野  小野小町伝説がある 青山  形山富士 勝谷  小字に「馬床原」「山ノ奥」 形山  小字に「蟇畠」 ・・・・ 文庫書紀4巻 P240  蝦蟇行宮 王司  四天王寺の1つ。四王司山は宝鏡山ともいう。 ※ 員光(かずみつ) は響灘から瀬戸内海に抜…
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万葉集の多くが 田倉の歌

田倉の小字に「大伴」 がある。 山口県地名明細書に載っている。 秋根から砂子多川を上ると2つに分かれる。 田倉の流れと勝谷の流れだ。 砂子多川の勝谷側の川筋を上って、   長安線のバス停「峠」   勝谷から松小田に抜ける昔あった道 は万葉集の巨勢路である。 万葉集の大伴宿祢駿河麻呂の「駿河」 は形山富士(青山) …
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長府  軻遇突智の国

角川の地名辞典 山口県巻  P547左  長府 都市的な場であった。 この都市的な場において注目すべき点は、鍛冶など金属関係の居住であり、「長府之鍛治」「府中国衙鍛治」「府中鑑(鍛) 冶」 という語句が見られる(櫟木家文書) 「国府泊」 と挙げられているように要港 当地には寺社も多かった。 代表的なものは一宮…
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難波の山守 「山の神」 垢田

郷土史本 『 ふるさと散歩みち 』  川中地区まちつくり協議会  P111上 『 住吉神社文書 』 の 「一宮神事年中記録注進案写」 (文明13年6月) に 「六月廿八日 御祓河御神事とし、社官悉く西海に出仕致し、所々御祓節在之」 とある 「西海」 は綾羅木の海岸と考えられる。 同書 「一宮年中行事」 には 「大宮司職以下馬…
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戦史研究センター研究員  戦略的な邪馬台国論

吉田松陰や高杉晋作風に国防の見地から国土を見れば、日本列島でまっ先に重要な戦略的要衝は関門海峡の本州側に位置する綾羅木川の秋根である。 ここが日本海側から瀬戸内海に抜ける最短ルートであり、南九州へも行きやすい列島交通の十字路だ。 葦原中国とは列島交通の十字路である秋根だ。 関門海峡は激流で潮流が変わり、岩礁も多く、船で通りにく…
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山辺の五十師の原 御井

『 中国正史の古代日本記録 』  いき一郎編訳 葦書房 P48 後漢書 巻85 東夷列伝 海の中に女国があり、男はいない。 他の者の話では、その国に神の井戸があり、のぞきこむとその度ごとに子供が生まれるということだ。 万葉集3234  山辺の五十師の原 御井 神の井戸がある場所は蓋井島である。 山の神神事が伝わる…
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油谷島の 箸神  伊勢国

岩波文庫 古事記  P39 故、避追はえて、出雲国の肥の河上、名は鳥髪といふ地に降りたまひき。 この時箸その河より流れ下りき。 ここに須佐之男命、人その河上にありと以為ほして、尋ね覓めて上り往きたまへば、老夫と老女と2人ありて、童女を中に置きて泣けり。 岩波書店 新日本古典文学大系 続日本紀(一)  P165 1行目…
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東方の神仙の国

倭国は「東方の神仙の国」 です。 倭国には考古学でいう「国邑」 だの「王墓」 だのはありません。 倭国の都は雪舟の絵のような仙人が住む景色です。 人は少ない。 人口が多いとゴミがでて土地が汚れる、と考えています。 古代中国の都 西安の真東方向の海岸は山口県下関市の宇賀~土井ヶ浜です。 ここが蓬莱、扶桑、日の本。 「倭…
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鳥髪山 伊勢国

長門地域または周防含めた山口県、さらに福岡県北部に「鳥髪山」 を探したが、これはという山が見つからない。 馬の背に近いたて髪を取髪という。 門司の山が禿げ山なので、あそこかな~ とも思う。 候補地の1つとして挙げておく。 「清」(すが) という場所は島戸か向津具である。 向津具本郷には条理制があり、ここを伊勢国に比定して立派…
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伊都都比古

岩波文庫 日本書紀(二)  P20 垂仁天皇 2年是歳 「吾は是の国の王なり。 吾を除きて復二の王無。 故、他処にな往にそ」 といふ。 穴門 ⇒ 嶋浦 ⇒ 北海 ⇒ 出雲国 ⇒ 越国の笥飯浦 伊都都比古は大きな口をたたいているので、蓋弓帽が出土した綾羅木川の人である。 つまり素戔嗚尊の末裔である。 素戔嗚尊の…
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綾羅木川 黄泉国 吉野宮

黄泉国と常世郷は別である。 常世郷 は淡海(近江)で、場所は土井ヶ浜遺跡。 黄泉国 の候補地は2つ ①考 門司の縄文土坑墓  伊川 猿喰 大川(日本書紀 P44 では巨川) が流れる大里 七ツ石峠が黄泉の平坂・・・・万葉集743 ②考 下関市の綾羅木川流域 蓋弓帽が出土した稗田地蔵堂遺跡は素戔嗚尊の墓である…
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国作大己貴命  御諸山

岩波文庫 日本書紀(一)  P102 一書 第六 大国主神 大物主神 国作大己貴命 葦原醜男 八千戈神 大国玉神 顕国玉神 其の子181神 「国作」 は福岡県京都郡豊津町(現 みやこ町) の国作(こくさく) 綾羅木郷遺跡と行橋市の下稗田遺跡は似ている。 下関市の綾羅木川流域の地名と行橋市付近の地名は似…
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収穫した穀物の貯蔵の仕方の違い

当ブログ 2010年10月2日 から転載 『絵でみる 菊川の古代史』 弥生時代(1) 平成10年 菊川町教育委員会 発行  P110~111 より 地下式の倉庫と高床式の倉庫 収穫した穀物の貯蔵の仕方の違い その差はルーツの差 後に地下式倉庫は姿を消し、高床式倉庫に変わっていく。 地下式倉庫と高床式…
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月山

豊北町 附野薬師東山寺の縁起では、豊田の華山が「月山」 と書かれている。 華山を「月山」 と言ったのは空海らしい。 附野薬師 東山寺 には「俵石」 と呼ばれる柱状節理がある。 華山は「月山」 だから月読命の山である。 岩波文庫 日本書紀(一) 一書 第一  P36  伊弉諾尊が左手に白銅鏡を持って大日&#233…
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若狭国 但馬国 大倭国

渟田門  若狭国の場所がわかる 岩波文庫 日本書紀(二)  P126 仲哀天皇 2年6月 油谷町伊上の唐﨑 ~ 観音﨑の沖で海底から壺が引き上げられた所 長府博物館蔵 角鹿の場所は角島ではなく、油谷町の角山から日置町にかけてである。 油谷町の八幡人丸神社に伝わる歌 向津具の奥の入江のさざ波に、海苔かく海士の…
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清彦

清彦(きよひこ) 清江娘子(すみのえ) 万葉集69 草枕 客去君跡 知麻世婆 崖之埴布尓 尓宝播散麻思呼 角麻呂 ・・・・ 角島 万葉集295 清江乃 木笶松原 遠神 我大之 幸行処 島戸の郷社八幡宮が住吉を祀る。 古事記の応神記 清日子 当摩(たぎま) の咩斐  「清」 と当麻は場所が近い 菅竃…
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夷洲 汗人

夷洲 壱岐 澶洲 (亶洲) せんしゅう、たんしゅう たんしゅう ― 但馬国である油谷島、土井ヶ浜、対海国、豊浦 瀛洲 沖ノ島、「奥」 で向津具奥 『 中国正史の古代日本記録 』  いき一郎  葦書房 1984年  1992年 第2版  P49 後漢書 巻80「烏丸鮮卑列伝」 に、鮮卑の檀石槐が光和元…
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脱解 について

多婆那国 竜城国 正明国 晥夏国 倭の東北一千里にある国 倭の場所は下関市菊川町の楢崎 常世国は土井ヶ浜遺跡 近江は韓人の国 ・・・・ 近江は矢玉~土井ヶ浜 神田 但馬は向津具で、ここも渡来人の場所 脱解の出身地は   土井ヶ浜の神田   向津具の「白木」 のいずれである。
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天日槍 について

岩波文庫 日本書紀(二)  P24 垂仁天皇 3年3月註 播磨国 ⇒ 菟道河 ⇒ 近江国の吾名邑に暫く住む ⇒ 若狭国 ⇒ 西の但馬国に定住した ①考 天日槍には韓名がなく和名だけなので、朝鮮ではなく九州や壱岐・対馬の人だろう。 私見では播磨国は志賀島である。 古事記では天日矛で、壱岐の原の辻遺跡には幡鉾川と日…
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豕ノ山  日新

角川の地名辞典 山口県巻 巻末小字一覧  P1367左 菊川町 日新の小字に「豕ノ山」 がある!!!!!!! 大発見 「豕」(いのこ) は豚・イノシシ 万葉集の猪養山 203 1561 日新の小字「塚本」 には広い墓があったという。 「行政」(ゆきまさ) 畝傍山 鳥見山 腋上の嗛間…
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浅茅原

倭は菊川・内日の田部川流域だ。 菊川の日新の小字に「乳原」 があり、「茅原」 とも書かれた。 場所は内日との境にある。 ここが倭の浅茅原だ。 興味深い小字 阿東町 徳佐中と篠目の 「大穂ノ木」 菊川町 日新 「大ほノ木」 阿東町 徳佐中 「山門」 内日上の赤田代 「山門」
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内避高国避高松屋種  宇津井「周﨑」

岩波文庫 日本書紀(二)  P152 神功皇后 摂政前紀 12月14日 沙麼県主の祖 内避高国避高松屋種 沙麼の場所は防府市佐波でなく、下関市 木屋川河口の松屋だろう。 角川の地名辞典 山口県巻 巻末小字一覧  P1291右 宇津井の小字に「周﨑」 がある。 これが 岩波文庫 日本書紀(二)  P66 …
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伊予温泉は 川棚温泉である

しものせき観光ホームページ から http://www.city.shimonoseki.yamaguchi.jp/kanko/frame/arekore_densetu_seiryu.html   青龍伝説 遠い昔、とようらの地の奥深い森に囲まれた泉に、水の神様として一匹の青龍が住んでいました。 青龍の住む泉はどんな日照…
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来ル目木

「来ル目木」 は下関市 菊川町 久野 にある。 これが日本書紀の来目邑だ。 ※ ②26 は、岩波文庫 日本書紀 二巻 P26 を示す。 地名 来目   垂仁5年10月1日  ②26 来目水   雄略4年2月  ③34 来目邑   神武  ①240   垂仁27年  ②42   清寧即位前紀 難波の来…
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高山  山口県万葉集

記紀・万葉は関西でなく山口県長門国の古代郷土史である。 六国史の全部、平安時代の続日本後紀まで山口県である! 高山  万葉集では高山 = 天香具山 とされる。 ① 山口県で一番高い山 阿東町徳佐の十種ヶ峰 989メートル スキー場もある豪雪地帯 YouTube の動画から http://www.youtube…
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内日 を考える

昔は今は菊川域になっている楢崎・久野・貴飯も内日村に含まれていた。 『 資料集 内日邑 』 山田春男 著 1997年  P11  によれば 「竺紫の日向の橘の小門の阿波岐原」 は内日であるという説がある。 「内日権現社縁起」 多賀神社 に 一ノ瀬 上津瀬 広瀬 中津瀬 ・・・・ 伊邪那伎大神の禊ぎ場 山瀬 下津瀬 …
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村﨑 紫

万葉集 20  武良前野(むらさきの) ・・・・ 「紫」 の字は使われていない。 安岡の早鞆自動車学校がある村﨑ノ鼻 縄文時代の紫野遺跡がある。 江戸時代まで安岡漁港の西端にあった脇浦は廻船が泊まる主要な港だった。 安岡の早鞆自動車学校の海岸は礫で砂浜ではない。 ①考 1392  紫の名高浦  早鞆自動車学校の…
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