テーマ:福岡市周辺

有虞氏は土器の棺を使い

淮南子 平凡社 中国古典文学大系6 氾論訓 P167上 末から8行目 亡骸(なきがら) をおさめるのには、有虞氏は土器の棺を使い、... 有虞氏は舜。 孟子によれば東夷の人 土器棺なので福岡市南郊の甕棺墓を見学しに行く。 新幹線で博多へ。 JR 博多駅横のバスターミナルからバスに乗る。 板付遺跡 福岡市埋蔵文化財セ…
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長差丘  上和白の小字「左山」

山海経 海外東経 長差丘 (嗟丘) 長差丘(サキュウ) は二神山とも呼ばれる立花山である。 立花山が峰2つの山に見える位置は新宮町の大森である。 山の上に「立花山樟原原始林」 がある。 小字を調べると上和白の字「左山」(サヤマ) が長差丘(サキュウ)、嗟丘である。 字「左山」 の場所は国道3号線 平山信号機の西側…
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顕宗紀 即位前紀

文庫書紀③104-2 嶋稚子 大石尊 ※ 志賀島か。 皇石宮か 文庫書紀③110 歌謡 出雲の新墾 酒 脚日木 餌香の市 稲蓆 川副楊  牡鹿の角 ・・・・ 志賀海神社に奉納されている鹿の角 文庫書紀③107下 注6 播磨国風土記では美嚢郡志深里条 文庫書紀③107下 注12 伊等尾新室之宴 → 古賀市…
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海神の場所は 新宮町・古賀市

古賀市・新宮町 小字 一部 上和白  高松 大根ヶ浦 長浦 竃土 高田 野地 立花 湊  天河原 クス原 石ヶ元 中地 中ノ浦 今在家  コウリ溝(裂田溝か) 新原  高木 大田町 紫原 谷山  恵下 相原 小山田  船原 大良 シゲシ 室 薬王寺  樫原 栗ヶ元 麦ノ尾 根神 麻ヶ谷 田ノ浦 社家尾 鬼王 古…
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古賀市あたりは美濃国

古賀市 市長室 ttp://www.city.koga.fukuoka.jp/blog/item/1614 福岡なるほどフシギ発見~番外編~ 馬具一式国宝級! http://blog.goo.ne.jp/taul_nakataney/e/8e2a72adfae350246936df377d77662b 皇石宮(おおいしぐ…
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日本のロック

YouTube の動画 日本のロック  めんたいビート 1973年 ttp://www.youtube.com/watch?v=3iuFuRsEul4 ttp://www.youtube.com/watch?v=NfMO0CUXVCo 福岡市 広報課 http://www.youtube.com/watch?v…
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吉備  候補地

吉備嶋皇祖母命 ・・・・ この称号から天照大神は吉備の人 吉備の位置 を考察 ①考 吉備は岡山県であり、大和地域に入った特殊器台の流れから倉敷市の楯築遺跡が卑弥呼の冢である。 ②考 私見では、万葉集の播磨は福岡市の志賀島~雁の巣である。 志賀島の弘漁協の北側に小字「赤石」 がある。 孝霊記に「針間の氷の河の前に忌瓮を居…
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藻塩焼き

発行 1995年4月 邪馬台国への道  編者 朝日新聞西部本社 発行所 不知火書房  藻塩焼き P76 J R 博多駅から西南方向に5分ほど歩いたビル街の地中に、日本の製塩史を書き換えた遺構が眠っている。 この一帯は、比恵遺跡と呼ばれ、弥生時代の墓地や住居跡などが多数見つかっている。 当時は、今よりもはるかに海辺に近かった…
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白山神社 

数年前に図書館でコピーしたもので出典がわかりません。 P431 民俗の神様・神社 白山神社 〈移住者の守護神を祀る〉 東京都にも横浜市にも白山町という同じ町名があり、そこには白山神社が祀られている。 そして全国各地にも白山神社がある。 白山神社の本源は加賀国(石川県石川郡鶴来町) の白山比咩神社である。 さて、この白…
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筥崎宮 漢字公用化

筥崎宮と漢字公用化 古田史学 のホームページ 「新・古代学の扉 Back to the Future」 から 古賀達也氏 (2) 大江匡房 『 筥埼宮記 』 の証言 倭国における「結縄刻木」 記事は『二中歴』 年代歴に見えますが、結縄刻木停止記事(明要元年・五四一) のみで、漢字の国内公用開始時期については記されていませ…
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漢猪野国王

委奴 ⇒ 猪野  「猪」 の音はヰ 福岡県久山町に猪野川が流れる。 後漢書東夷伝にいう「倭奴国は倭国の極南界なり」 とは地形の極南界ではなく、墓制すなわち埋葬文化的に見た箱式石棺地域の南限(最西端)である。 倭奴国は甕棺墓地帯ではない。 志免町や粕屋町には弥生時代の石棺墓があるという「考古学による知見」 から考察し、…
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志免町 小字 (一部)

糟屋郡 香椎  住吉 早田 芹田 長谷 蟻道 蟹ヶ浦 柿ヶ本 不動ヶ浦 嵯峨原 浜男  笹原 三シマ 長崎 唐ノ原  引田 稲葉 大石ヶ浦 多田羅  卜山 天久 松崎  日高田  箱﨑  田子 世々王(ぜぜおう) 北海門戸 南海門戸 高麗町 阿多田 御手洗  高原 早苗田 別府  亀山 鏡 松ヶ浦 笹ヶ浦 高ェ 南…
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志免町亀山 鏡

仲哀紀から、神功皇后は北九州市若松区の江川を通過した。 神功皇后は山口県方面から来た。 岩波文庫 日本書紀(二)  P132 仲哀天皇 8年9月5日 仲哀天皇への神託 神、亦皇后に託りて曰はく、「天津水影の如く、押し伏せて我が見る国を、何ぞ国無しと謂ひて、我が言を誹謗りたまふ。 ・・・・ 」 景行紀の神夏磯媛 …
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志免町亀山 地名辞典

福岡県の地名  平凡社   P451 多々良川以北には基本的に大型甕棺(成人棺) の群集化は認められない。 弥生後期から粕屋町平塚古墳・宮崎遺跡、志免町亀山古墳などに見られる大型箱式石棺を採用した首長の墳丘墓が出現し、古墳時代には多々良川北岸や宇美川北岸と対岸の月隈丘陵に大型前方後円墳が築かれ始める。 古墳時代の糟屋郡の特徴と…
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越国  志免町亀山

日本書紀の越国は下関市豊北町 ~ 長門市油谷町・日置町 万葉集の越国は「古之」「故之」 と書かれ、歴史が古い。 布勢水海があり、二上山がある。 小字「水海」 は山口県須佐町にある。 万葉集 4346 左注  布勢朝臣人主 遣唐使判官・駿河守 4344 商長首麻呂(あきのおさのおびとまろ) 津和野の地名「商人」 …
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大伯海  熟田津石湯

岩波文庫 日本書紀(四)  P366・368 斉明天皇 7年正月6日 12月24日、天皇難波宮に幸す。 御船西に征きて、始めて海路に就く。 8日に、御船、大伯海(おほくのうみ) に到る。 時に、大田姫皇女、女を産む。 仍りて是の女を名けて、大伯皇女と曰ふ。 14日に、御船、伊予の熟田津の石湯行宮に泊つ。 3月25日に…
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古賀市・新宮町 を歩く

岩波書店  新 日本古典文学大系 萬葉集 二  P43 万葉集959  豊前守宇努首男人の歌一首 行き帰り 常に我が見し 香椎潟 明日ゆ後には 見むよしもなし 下注に、 「 この参拝に同行していた男人は、都へ帰任したものか。 豊前国府と大宰府の往還に香椎を通るのは遠回りで、大宰府、あるいは豊前国府から香椎宮への往還の意であろ…
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福津市 宮地嶽から 古賀市へ行く

福津市の手光を住吉の本拠地とみる ネットで塩土老翁は住吉という人がいる。 「筑紫の日向」 は西の海を見る立地で、宮地嶽神社から古賀市にかけて。 「日向」 とは中国の首都 西安 を向く方向である。 福津市 手光 の小字は住吉 (墨の江) を示している。 「墨ヶ浦」 400~443 番地 「立花木」 2221~228…
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播磨国

おとめ の まよびき 日本書紀 仲哀紀 岩波文庫 二巻  P130  神功紀の一書 同  P152 最後の行 美女(処女)の マヨビキの如くして 津に向へる国有り 万葉集998  船王作   如眉 雲居尓所見 阿波乃山 懸而榜舟 泊不知毛 阿波の山は粟島で、沖ノ島の一ノ岳である。 船王の歌 …
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桙  西蕃の韓

木ヘンの「桙」 の字 筑前国風土記逸文 五十迹手が 高麗の国の意呂山に天より降りし日桙の苗裔だと 述べたと伝え 日本書紀 垂仁天皇 一書 岩波文庫 二巻  P24 天日槍の弟「知古」 は直方市の地名である。 感田には大きな弥生集落があったが、古墳時代に忽然と消えている。 熊襲は遠賀川の中・上流である。 …
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後漢書 倭

『 倭国伝 』  講談社学術文庫   P25 後漢書 倭 倭は、韓の東南大海の中に在り、 〔倭人は〕 山島に依りて居を為り、凡そ100余国あり。 武帝の朝鮮を滅ぼしてより、使駅の漢に通ずる者、30許の国ありて、国ごとに皆王と称し、世世統を伝う。 其の大倭王は邪馬台国に居す。 漢に使者を派遣する国が30あって、…
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太宰府市  戸籍の木簡 「竺志前国嶋評」

私は倭国(=長門国) の大宰府は山奥内陸部の太宰府市でなく、船が着ける海岸部の洞海湾沿岸、黒崎駅 ~ 八幡駅付近にあったと推理する。 その根拠は   大宰府の役人だった藤原広嗣は遠賀川下流で挙兵している   水巻町境の日峰山に山幸彦伝説があり、竺紫日向や隼人はこの辺り   洞海湾沿岸は神功皇后伝説が多く、香椎は洞海湾沿いか岡…
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オロチョン族

季刊 邪馬台国  梓書院 2012年1月 112号   P76下 「 朝鮮半島では飢饉が続き、「人相喰む」(『魏志』 韓伝)、人が人を食っているという惨状が続いた。 」 2012年4月 113号   P81上 「 そういえば、むかしヤマタノオロチは黒竜江(アムール川) 河口ふきんにいたオロチョン族が襲ってくる話が、神話化…
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古事記 神功皇后

角川ソフィア文庫 新訂古事記  神功皇后  P124 西の方に国あり。 金・銀を本めて、目の炎耀く種々の珍宝その国に多なるを、吾今その国を帰せ賜はむ こは天照らす大神の御心なり。 また底筒の男・中筒の男・上筒の男三柱の大神なり。 かれその御船の波瀾、新羅の国に押し騰りて、既に国半まで到りき。 ここにその国王、…
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三韓征伐 と 任那

神功皇后の三韓征伐では、遠賀川の下流付近から見て西蕃といっているので、西蕃の三韓は対馬・壱岐・福岡市・糸島の方向である。 日本書紀 神功皇后 摂政前紀 岩波文庫 日本書紀(二)  P144、146 吾瓮(あへ)海人 烏摩呂 ・・・・ 相ノ島 磯鹿の海人 草 ・・・・ 旧玄海町 神湊(こうのみなと) の草﨑 通説では…
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穴門 再考

額田部連・葛城直 葛城は孔大寺山 額田は岡垣町の糠塚か。 穴門 工匠河内馬飼首押勝 工匠 鉄製工具類が多く出土する古墳は福津市 津屋崎 の奴山古墳群である。 押勝は秦河勝と名前が似ている。 宮地嶽神社の祭神は、 主神  神功皇后 従神  勝村大神 勝頼大神 で、「勝」の神名である。 穴門の場所…
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玉牆の内つ国

出雲八重垣 古事記の最初の歌で、 や雲立つ 出雲八重垣 妻隠みに 八重垣作る その八重垣を この須佐之男命の歌は八重垣を「作る」 だから、自然地形による要害の地ではなく人工的な垣である。 これに該当するものは環濠と朝鮮式山城である。 玉牆の内つ国 日本書紀 神武天皇の最後で、大己貴大神がいう「玉牆の内つ国…
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薫華草 は ハマボウ

山海経 海外東経 君子国 薫華草 有り。 朝に生れて夕べに死す。 岡垣町の汐入川の下流にはハマボウ群生地がある。 ※ 岡垣町の公式ホームページ → 観光スポット → 金刀毘羅山 → 岡垣 おいしさ まるかじり ガイドブック 裏(PDF) を見る 君子国の薫華草はハマボウである。 ハマボウはかつては八幡や小…
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潜水漁 の場所

当ブログ << 作成日時 : 2011/06/15 04:04 >> より転載 海女 (あま) 筑前 の海岸 ・・・・ 北九州市戸畑区 ~ 遠賀川 ~ 福岡市・糸島市 江戸時代の 「続風土記」 によれば、 筑前地域で潜水漁の海女がいた場所は、 鐘﨑 大島 波津浦…
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大伯海 は津屋崎の 勝浦

岩波文庫 日本書紀(四)  P366・368 斉明天皇 7年正月6日 御船西に征きて、始めて海路に就く。 8日に、御船、大伯海に到る。時に、大田姫皇女、女を産む。仍りて是の女を名けて、大伯皇女と曰ふ。 14日に、御船、伊予の熟田津の石湯行宮に泊つ。 3月25日に、御船、還りて娜大津に至る。 磐瀬行宮に居ます。天皇、此…
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