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みんなの「五島列島」ブログ


任那 地名「田舎」 牛   風土記 御魚家

2014/04/19 16:17

風土記568下  御魚家
任那ハ サマサマノ魚物多キ国ニテ、毎度日本朝廷ヘ献ス。
故ニ、ミマナトハ呼ハ、ミハ御ノ字ノ心、マナハウヲノ事也。
任那ハを献セシ事、摂津国風土記西生郡ノ篇ニ、其来レハ御魚家ト云テ、京ヘ送ル迄ノ間ヲ宿シタル地名ノ事也。

   ↓
「魚」 の字がつく地名は五島列島北端の新目町である。


垂仁天皇 2年是年
文庫書紀A20、22
一に云はく、
初め都努我阿羅斯等、国に有りし時に、黄に田器を負せて、田舎に将往く。

「田舎」 は朝鮮語でなく日本語の地名である。

地名「田舎」 の場所
@ 上対馬町の浜久須村の人が山手にある久須村を田舎久須と称していた。 平凡社 「長崎県の地名」  P920、921
A 厳原町の久根田舎  銀山上神社あり  同 P1016

B五島の上五島町 船ア郷  小字 「田舎」
五島列島の福江島には弥生時代から牛がいた。

C 久留米市 高良内  小字「田舎道」
D 北九州市 門司区 柄杓田(ひしゃくだ)  小字 「田舎」
E 鹿児島県 屋久島 永田いなか浜

F 京都府 中郡 大宮町 奥大野  小字「田舎地」


以上から、任那=五島列島の北端説 が導かれる
風土記では、「任那」 とは魚の意味であると記述されている。
西日本にある地名「田舎」 を探し、魚・牛の要件から、任那の場所は五島列島の北端、 新魚目町・上五島町である。 有川湾に弥生遺跡がある。


任那=対馬の大官説
魏志倭人伝で対馬は「官」 ではなく「官」 である。
都努我阿羅斯等は対馬の官であったとも考えられる。
対馬の大官が朝鮮南部を領域にしていた?



『長崎県の地名』  平凡社 日本歴史地名体系
「値嘉」 は最広義では五島から平戸島まで含む。
朝鮮半島南部と関係する遺跡が多い。

宇久町
P563下
宇久松原遺跡
宮ノ首貝塚

小値賀島
P572下
P576中
黒島の神ノ崎遺跡
  朝鮮半島南部産の板状鉄斧
  南九州系の地下式板石積石室墳 

野首遺跡

福江市
大浜遺跡 牛骨の出土
下大津町の八幡神社は宗像三女神を祭る




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真珠

2011/03/30 05:55

真珠貝が自生していた場所は鹿児島県の甑島 上甑村瀬上の貝池。
ほかに五島の玉之浦、対馬の玉調が真珠の産地だったという。


万葉集3318 を読むと、木国のアワビ珠を求めて、妹山・勢の山を越えて命懸けでアワビを採っている。

小値賀島ではワカメを餌にして、養殖アワビから真珠が生産されている。
かつて小値賀町はアワビの漁獲高 日本一!であり、それを記念して「アワビ館」が建てられている。


魏志倭人伝の真珠は万葉集にあるアワビ珠である
万葉集を読むと、アワビ珠は内海の穏やかな海ではなく、荒海の岩場で採取されている。

着眼点(目のつけどころ)
@ 真珠は真珠貝でなくアワビから採取されていた。
A 木国のアワビ珠を採るために、命懸けで妹山・勢の山を越えていた。

私は木国のアワビ珠の採取地を五島列島の 上五島町 祝言島・若松町 雄嶽 と推理する。
若松町 荒川 ⇒ 古事記 木の国造 荒河刀弁

江戸時代のことだが、対馬の浅海(あそう)湾内の真珠は真珠貝(玉貝)だった。
『長崎県の地名』 平凡社の地名辞典  P871下

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マトメ

2011/02/27 23:26

筑紫  福江島
竺紫  野子町の福良・志々伎山
※宗像は志々伎神社の辺都宮・沖都宮

高天原  早福町域(屏風岳−佐志岳の西側斜面)
天石窟  礫岩の洞窟
国つ神の出雲  古田湾 と 宇久島
淡海国の大津宮  大佐志町
枚の湖  平湖島で古田浦 津吉町 大坪
佐保の山  佐志岳

万葉集29 の平山
@案  松浦市の不老山
A案  屏風岳山頂の北の小字が「平床」 ⇒ 屏風岳が平山


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筑紫は福江市 ?

2011/02/22 08:24

福江市
志賀  ?  
荒雄  大荒
筑前国宗像郡(3869)  八幡神社の祭神は宗像三神
滓屋郡志賀村白水郎  樫川(=香椎?)付近
大浦田沼(3863)  田部手川
也良  ?



前国松浦県  美祢良久ア
@案  福江市の戸楽
A案  三井楽町 (通説では柏の泉 「ふぜん河」付近とされる)
B案  平戸市 志々伎町「肥」 − 神功皇后の小川は鮎川町
C案  松浦市 志佐 − 出雲の肥の河は志佐川(八俣大蛇伝説あり)

三井楽町または福江市から韓国に向けて渡海したは合理的でない。
平戸市 野子の志々伎神社は本当の宗像大社であるとみて、志々伎神社周辺が韓国への渡海湊である。
志々伎神社の沖都宮・辺都宮の構成は宗像大社と同じであるし、志々伎神社の宝物には韓国由来の物が多い。

伝統的に松浦佐用姫は唐津市とされているが、これは間違いである。
用姫の場所は志々伎の志岳の下で、「松浦川」(玉島の小川)は平戸市の鮎川町にある。

志々伎神社は本当の宗像大社で、志々伎町は敏馬(三女)の浦である。
大伴連佐比古は平戸市 町の人である。

志々伎湾には「女鹿ア」「女瀬ノ浦」があり、場所の性は女である。

万葉集3681 の肥前国松浦郡島亭(田麻呂)は志々伎である。
田麻呂より田ア・田代町の人か。
あるいは野子町の小字「犬の跡」だ。

美祢良久アは志々伎の岳(287メートル)の下である。
早福町の宮ノ鼻(高松神社)が美祢良久アになるか。
福町の「早」 ⇒ 記紀の「速」の字


筑前国 志麻郡 韓亭(3668) ?
肥前国 松浦郡 狛島亭(3681) ⇒ 平戸市野子 志々伎 または鮎川町


宗像神社がある場所は、
福江市の八幡神社 (宗像三女神を祀る)
田平町里免の宗像神社



三井楽町
万葉集567 左注周防 磐国山 は七ツ岳であろう。
荒雄の「荒」を玉之浦町の荒川とすれば、三井楽町から離れてしまう。

サイト 「遺跡ウォーカー」 で三井楽町の遺跡を調べていると 間篭遺跡 (縄文・弥生) という地名の遺跡が波砂間にあり、「百」は大宰府に居た大伴宿祢代に通じるので、付近の小字場所を調べると「御門山」がある。ここが大宰府か。

丑ノ浦に小字「橘河内」がある。 ⇒ 筑紫日向の橘小戸
塩水 ⇒ 塩土老翁
丑 ⇒ 日向の諸方君 牛  宗像と諸方は音が似るという。
貝津は海津だった ⇒ 海部


鹿島(1669) 三名部乃浦
海(3336) ⇒ 平戸市の大石脇町に人津久岬がある。ここに小字「鹿島」があり、鹿島川が流れる。
海の「聞」より、豊国の聞(きく)は平戸島の南西部の海辺である。

敏馬  志々伎浜
敏馬のア  大志々伎町の 潮見ア
野島  野子
若宮年魚麻呂  平戸市 神船町の若宮浦と鮎川町
田辺福麻呂 野子の福良の人
犬⇒狛⇒獅子⇒志々
「犬」は犬食いの韓人を表す。
志自伎の「自」の字は自凝(おのごろ)島を表す。

獅子(しし)町 ―アコウの木があり、万葉集の鞆の浦か。
根獅子(ねしこ)町⇒葦原男、葦原色許男

建久2年(1191)7月、宋から帰国した栄西が平戸島葦浦に着岸。
この葦浦は古江湾にあったとされている。中世であるが渡海して着岸した場所は末盧国の比定上重要である。



※ この稿は書きかけです。



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出雲 と 淡海

2011/02/21 18:25

出雲は3か所ある。
素戔嗚尊の都  松浦市 = 天智天皇の淡海の大津 ※ 後に訂正
根の堅州国 ?
大国主神・少彦名命の都  宇久島の山本

天智天皇の「淡海の大津」を宇久島・小値賀島に比定すると志我の場所を比定できない。


製塩土器が出土した遺跡
松浦市の今福遺跡
宇久島 本飯良の 宮ノ首遺跡


松浦市の不老山(徐福伝説あり)の小字地名が「平山」である
付近には他に「平の山」「戸平」「平塔」「前平」がある。
⇒ 万葉集29平山 は不老山である。

淡海の来田綿の蚊屋野 ⇒ 佐々山川の栢木(かやのき) 

鳥髪(鳥上) ⇒ 笛吹免の「鳥渡」

石川 ⇒ 今福町 北免 「岩川」「岩椽」か

黄泉の比良坂
@案  田平町 上亀免 「平坂」「岩ノ上」「岩ノ本」
A案  江迎町 飯良坂−伊賦夜坂 の転訛とみる 
B案  宇久島にも「平坂」がある−平郷、針木郷 




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卑弥呼の冢を発見か

2011/02/20 11:56

長崎県 五島列島の北部 上五島町(現 新上五島町)の 網上 の北に 出島のような地形の矢堅ア がある。
矢堅ア を Google地図航空写真及び Earth で見ると 円墳らしき地形 がある。
発見時刻 2011年2月20日(日) 午前11時33分 でした。

これが卑弥呼の冢だ!?

卑弥呼の冢は 長崎県 五島列島 新上五島町 網上郷 矢堅ア にある。

奈摩から北へ細長く伸びる半島で、矢堅ア対岸の小字地名が 「 度渡 」 である(国土地理院 地図参照)。
最果ての地なのに日本書紀の地名漢字が使われている


Google地図 の投稿写真に「冷水から矢堅目を見る」があり、その写真では矢堅アは傾斜角が70度くらいある屹立した厳山で、冢が造れる場所ではない・・・・
Google地図航空写真 及び Earth では画像が平たい台地のように映し出される。
実際とは全然違うので、写真加工地図の大きな不備である。


矢堅アは 「 伊勢の大石 」 である。

邪馬台国は「台」の字より、高所に国または宮があった
倭王は山頂に宮を構えることを好んだ。
矢堅アの大岩の山頂に伊勢の宮があった?


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伊勢 を大発見

2011/02/20 10:30

五島の上五島町に 祝言(しゅうげ) がある。
現地情報を得るために Google で 「 五島 祝言島 」 を検索していたら、祝言島に 「 瀬 」 という場所があることがわかった。「鏡」がつく地名場所は重要だ。

高熨斗山 の熨斗(のし)は烽火の意味のように思えるが、手元の古い広辞苑で「熨斗」をひくと、贈答用の熨斗(のし)紙の熨斗でもある。熨斗には儀式の意味もある。
すなわち 儀式として 祝言島の「祝言」と高熨斗山の「熨斗」は結びついている

万葉集154   石川夫人
神楽浪の大山守は誰がためか山に標結ふ君もあらなくに 
⇒ 石川は松浦市今福であるが、この歌は高熨斗山か。

古い広辞苑より、
熨斗鮑
アワビの肉を薄く長くはぎ、引き伸ばして乾かしたもの。もと儀式用の肴に用い、後に永続の意に寓して、祝意をあらわすために進物に添えるようになった。かいざかな。
熨斗包
熨斗鮑(あわび)を包むためのもの。

熨斗(のし)とアワビは結びついている。


次にYahoo地図 で現地の地図を見ると、祝言島の対岸の地名が 網上である。
網上 は万葉集40嗚呼見(あみ)の浦 だ。


万葉集40−42 の場所 を大発見だ。

網上−祝言島 周辺が伊勢国である。
卑弥呼の冢はここだ。
国土地理院 地図閲覧サイトで 祝言島を見ると生えている木が針葉樹である。
植林によるものか。


網上 からは製塩土器は発見されてないが、万葉集網の浦もここだろう。

万葉集220 の讃岐国 狭岑島
奈摩浦から小値賀島へ向かって北へ細長く伸びる半島
または
矢堅ア
である。
万葉集 の「卜」の字
万葉集220 の「神之御面(みおもて)跡」
に注意したい。伊勢または卑弥呼の冢の近くに讃岐国はある。

万葉集4472 の於保の浦は小値賀島の大浦である。


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小値賀島の赤浜

2011/02/18 18:27

小値賀島の海岸は鉄分が多く赤い。

万葉集
黒牛の海
1218
1672
1798

万葉集では紅葉を黄葉と書いているので、黄土も赤土だろう。
1002  住吉之 岸乃 黄土
⇒ 前方の小字「筒井」か


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五島の洞窟と井戸

2011/02/18 12:43

中通島
岩屋観音 洞窟2か所  上五島町 青方
山王山岩陰遺跡−中世・近世  山王山(雄岳・雌岳) 
阿瀬津岩陰遺跡−弥生  鯛之浦 阿瀬津 後松葉

若松島
キリシタン洞窟  若松町 土井之浦 白崎
老松神社岩陰遺跡−中世・近世  若松郷 神部

福江島
福江市
大板部洞窟−縄文貝塚  赤島町 大板部島 海底
富江町
井穴遺跡  土取井穴
女亀北方洞窟遺跡  土取北方
井坑遺跡−縄文  岳井穴
野坑遺跡−縄文  岳釘ア
岐宿町
夕日観音岩陰遺跡−弥生  河務 徳ヶア

※ 遺跡情報は サイト 「 遺跡ウォーカー 」 による。

天石窟   岩波文庫 日本書紀(一)  P116
磐裂根神−磐筒男・磐筒女−経津主神
天石窟に住む神 稜威雄走神−甕速日神−熯速日神−武甕槌神

天石窟には稜威雄走神が住んでいたのだから、天石窟には住居遺跡がある。


五島の井戸

三井楽町 柏 遣唐使が用いた井戸(ふぜん河 岩嶽神社) ⇒ 日向の泉媛
       塩水  塩分の多い井戸水が多いことから地名となる
岐宿町 茶園遺跡(縄文) 湧水地あり
玉之浦町 井持教会の井戸 汲みおき しても濁らない水
奈留町 大串  夏井の井戸 − 遣唐使が使った井戸という
      泊   大林の井戸 − 遣唐使が使った井戸という  水晶ヶ岳がある
宇久町 太田江  藤原川 中世   



新魚目町 大水  大水の滝
奈良尾町 岩瀬  芦山(ろざん)滝
岐宿町 河務  ドンドン淵の滝


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五島列島

2011/02/18 12:23

北松浦郡
世知原町・吉井町・佐々町・小佐々町・鹿町町・江迎町・田平町
松浦市・平戸市
鷹島町・福島町・大島村・生月(いきつき)町
宇久町・小値賀町

西彼杵郡
平島(ア戸町に属する)

南松浦郡
五島
中通島(新魚目町・有川町・上五島町・奈良尾町)
若松島(若松町)
奈留島(奈留町)


五島
久賀島(ひさか 福江市
福江島(福江市・富江町・岐宿町・玉之浦町・三井楽町)


五島とは 中通島・若松島・奈留島  久賀島・福江島  の5つの島をいう。

宇久島・小値賀島平島 は五島ではない?
宇久島・小値賀島も五島とみてもよいが、行政的には平戸諸島である。
歴史的・文化的に宇久島・小値賀島は平戸に入るようだ。


久賀島は「ひさか」とよみ、万葉集の久方・久堅(ひさかた)に通じる。

枕詞「ひさかた」 語義・係り方ともに未詳。
@ あめ(雨・天)
A 月
B 都


五島は火山の岩盤である。
小値賀島も火山島であり、岩だらけだが赤土が目立つ。


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タイトル 日 時
大羅国
宇久町の神浦と飯良にある小字の「大羅」(だいら)は大羅国という国名だと思う。「羅」は韓人が好む字で、加羅・安羅・新羅や倭の末羅国などがある。 Google で「大羅国」を検索すると 摂津国住吉郡大羅郷 がみられる。 平も「たいら」とよむので、大羅に通じるものを感じる。 ...続きを見る

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2011/02/17 17:56
ノーベル賞候補
邪馬台国は五島の福江島である。 ...続きを見る

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2011/02/17 11:01
五島北部の小字 ( 一部 )
宇久町 平(たいら)  萱場ア 富本 筒川 筒井本 丑ノ山 市木 山本 高塚 金岳山 旦の上 八竜 鹿(しか)の本 大浜 平(ひら)の坂(黄泉の比良坂か)  野方  斑  大久保  集り 菜盛 飯良畑 渉(わたり) 自在形 三ツ枝 小浜  唐松 蒲(こもの)浦 三ヶア(みがさき)⇒三穂の碕か 神浦  大羅(だいら) 水ヶ浦 祝賀 飯良  馬場大羅 大羅 寺島  弥五郎 イサノ浦 平(ひら) 鯨ノ浦 白浜 牧ノ出 ...続きを見る

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2011/02/17 09:07
五島北部の遺跡
宇久町 ...続きを見る

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2011/02/17 03:50
福江市 周辺の小字 ( 一部 )
福江市 下大津  江湖 椎木渡瀬 平 箸木 和布ア 橘 城岳 上大津  奈良木 小大津 住吉 筍山 堀金子 畝原 瀝水 三尾野  三尾野  松山  樫河 大日の道 大荒   引田ノ辻 小田 鯨峰 潮満越  木場  蠑螺河 吉久木  吉久木 黒葛 籠淵  神屋敷 壱里川 吉久木後 吉田  志々岐平 堤町  高巣向 小山田 平山 高田  鬼ヶア 武石田 松比羅 野々切  邑中 籠山  向  上ア山  針村 荒人 金河原 大穴 竹山 伊多知川 鎧瀬 下ア山  蛭子ノ浦... ...続きを見る

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2011/02/16 20:40
山跡 を発見 !!
五島の福江市 長手町に小字 「 山跡 」 がある !! ...続きを見る

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2011/02/16 18:49
平群氏  真鳥
万葉集3843 何所曽 真朱穿岳 薦畳 平群乃阿曽我 鼻上乎穿礼 ...続きを見る

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2011/02/16 12:08
邪馬台国 を大発見 !!
邪馬台国または高天原・倭国は五島の玉之浦町である。 ...続きを見る

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2011/02/16 09:02
遠の朝廷
万葉集 ...続きを見る

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2011/02/16 08:09
五島の鉱物など  五島には金鉱山があった
「韓半島の楽浪郡時代の遺跡の出土品に金細工が多いことは知られています。同じ時代の漢の植民地の遺跡でも、ヴェトナムのドンソン文化には金細工はほとんどない。この違いは、日本列島産の黄金でしょう。楽浪郡の富は漢代の文献にも有名でした」 『日本史の誕生』 岡田英弘 弓立社 2001年 第5刷  P108上 ...続きを見る

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2011/02/15 22:16
志自伎
平戸市 野子町の志自伎神社       鏡川町の志々伎谷 松浦市 御厨町 里免の志自伎 田平町 下寺免の志自岐平 福江市 吉田町の志々岐平 宇久町 宇久島神社(神浦郷長坂)は古くは志自岐大明神と称した。 新魚目町 志々岐灘 壱岐 石田町の志自岐(志々岐神社) ...続きを見る

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2011/02/15 09:15
宮ノ首遺跡  宇久町飯良郷
宇久島の西端、南向きの入江に臨む貝塚。 平成2年(1990)に発掘調査。 縄文時代前期から弥生時代中期後半、平安期・鎌倉期の遺物が発見されているが、主体は古墳時代末期から奈良期にかけての玄海灘式製塩土器などを含む須恵器・土師器類である。 貝塚では大型のアワビ貝の純粋貝層がみられ、「肥前風土記」値賀島の条にみえる干鮑の貢納を裏付けるものといえよう。 また中国製陶磁器片(青磁・白磁)も出土。 ...続きを見る

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2011/02/15 08:31
白浜貝塚  福江市向町  ― 金印の漢委奴国 はここだ !
福江市 向町  白浜貝塚 ...続きを見る

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2011/02/15 07:31
平戸市周辺 〜 五島列島 ― 漢委奴国や難波・伊勢・筑紫 を大発見
平戸市は「旧唐書」倭国日本伝に「平湖島」とみえる。 『長崎県の地名』(平凡社の地名辞典)  P630下 ...続きを見る

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2011/02/15 06:27
藤江の浦 は五島
万葉集3606 玉藻刈る処女(をとめ)を過ぎて夏草の野島が崎に廬(いほ)りす我は   処女(をとめ) → 宇久町の北端の 乙女ノ鼻 野島が崎 → 野方(宇久町)または野崎(小値賀町) ...続きを見る

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2010/12/30 23:49
多太泊 と 直渡 (万葉集の遣唐使の歌)
万葉集894  多太泊(ただはて) → 直泊て    4245 直渡(ただわたり) ...続きを見る

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2010/12/28 23:20
但馬
五島列島には小字に橘がつく場所が何か所もある。但馬橘大娘皇女(2巻 P310)という人名もある。橘とは阿久根市の特産であるボンタンで、田道間守を五島出身の家系とみて、五島から橘(ボンタン)を持ってきた説を唱えよう。 ...続きを見る

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2010/05/19 22:47
韓郷の島
素戔嗚尊が行った韓郷の島(1巻 P100)は上五島で、新羅の曽尸茂梨は新魚目町の曽根か。 ...続きを見る

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2010/05/18 02:25
任那は五島だった
「田舎」という地名の場所がある。屋久島永田のいなか浜と五島列島の上五島町船ア郷にある。「田舎」は都怒我阿羅斯等の註(岩波文庫 日本書紀 2巻 P20 終わりから3行目)にでてくる地名である。 ...続きを見る

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2010/05/14 18:36
海神の島
山幸彦が行った海神(豊玉彦)の島は五島列島の玉之浦である。理由は万葉集3627の歌の玉之浦は五島列島だから。小字に「橘浦」がある。 豊玉姫命、玉依姫の「玉」は玉之浦にちなむ。 ...続きを見る

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2010/05/12 21:07
松浦
記紀万葉の松浦と魏志倭人伝の末盧国はちがう。 ...続きを見る

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2010/04/28 16:00

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