テーマ:五島列島

任那 地名「田舎」 牛   風土記 御魚家

風土記568下  御魚家 任那ハ サマサマノ魚物多キ国ニテ、毎度日本朝廷ヘ献ス。 故ニ、ミマナトハ呼ハ、ミハ御ノ字ノ心、マナハウヲノ事也。 任那ハ魚を献セシ事、摂津国風土記西生郡ノ篇ニ、其魚来レハ御魚家ト云テ、京ヘ送ル迄ノ間ヲ宿シタル地名ノ事也。    ↓ 「魚」 の字がつく地名は五島列島北端の新魚目町である。 …
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真珠

真珠貝が自生していた場所は鹿児島県の甑島 上甑村瀬上の貝池。 ほかに五島の玉之浦、対馬の玉調が真珠の産地だったという。 万葉集3318 を読むと、木国のアワビ珠を求めて、妹山・勢の山を越えて命懸けでアワビを採っている。 小値賀島ではワカメを餌にして、養殖アワビから真珠が生産されている。 かつて小値賀町はアワビの漁…
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マトメ

筑紫  福江島 竺紫  野子町の福良・志々伎山 ※宗像は志々伎神社の辺都宮・沖都宮 高天原  早福町域(屏風岳-佐志岳の西側斜面) 天石窟  礫岩の洞窟 国つ神の出雲  古田湾 と 宇久島 淡海国の大津宮  大佐志町 枚の湖  平湖島で古田浦 津吉町 大坪 佐保の山  佐志岳 万葉集29 の平山 ①案  …
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筑紫は福江市 ?

福江市 志賀  ?   荒雄  大荒 筑前国宗像郡(3869)  八幡神社の祭神は宗像三神 滓屋郡志賀村白水郎  樫川(=香椎?)付近 大浦田沼(3863)  田部手川 也良  ? 肥前国松浦県  美祢良久﨑 ①案  福江市の戸楽 ②案  三井楽町 (通説では柏の泉 「ふぜん河」付近とされる) ③案 …
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出雲 と 淡海

出雲は3か所ある。 素戔嗚尊の都  松浦市 = 天智天皇の淡海の大津 ※ 後に訂正 根の堅州国 ? 大国主神・少彦名命の都  宇久島の山本 天智天皇の「淡海の大津」を宇久島・小値賀島に比定すると志我の場所を比定できない。 製塩土器が出土した遺跡 松浦市の今福遺跡 宇久島 本飯良の 宮ノ首遺跡 松浦…
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卑弥呼の冢を発見か

長崎県 五島列島の北部 上五島町(現 新上五島町)の 網上 の北に 出島のような地形の矢堅﨑 がある。 矢堅﨑 を Google地図 の航空写真及び Earth で見ると 円墳らしき地形 がある。 発見時刻 2011年2月20日(日) 午前11時33分 でした。 これが卑弥呼の冢だ!? 卑弥呼の冢は 長崎県 五島列島…
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伊勢 を大発見

五島の上五島町に 祝言(しゅうげ)島 がある。 現地情報を得るために Google で 「 五島 祝言島 」 を検索していたら、祝言島に 「 鏡瀬 」 という場所があることがわかった。「鏡」がつく地名場所は重要だ。 高熨斗山 の熨斗(のし)は烽火の意味のように思えるが、手元の古い広辞苑で「熨斗」をひくと、贈答用の熨斗(のし)…
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小値賀島の赤浜

小値賀島の海岸は鉄分が多く赤い。 万葉集 黒牛の海 1218 1672 1798 万葉集では紅葉を黄葉と書いているので、黄土も赤土だろう。 1002  住吉之 岸乃 黄土 ⇒ 前方の小字「筒井」か
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五島の洞窟と井戸

中通島 岩屋観音 洞窟2か所  上五島町 青方 山王山岩陰遺跡-中世・近世  山王山(雄岳・雌岳)  阿瀬津岩陰遺跡-弥生  鯛之浦 阿瀬津 後松葉 若松島 キリシタン洞窟  若松町 土井之浦 白崎 老松神社岩陰遺跡-中世・近世  若松郷 神部 福江島 福江市 大板部洞窟-縄文貝塚  赤島町 大板部島 海底…
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五島列島

北松浦郡 世知原町・吉井町・佐々町・小佐々町・鹿町町・江迎町・田平町 松浦市・平戸市 鷹島町・福島町・大島村・生月(いきつき)町 宇久町・小値賀町 西彼杵郡 平島(﨑戸町に属する) 南松浦郡 上五島 中通島(新魚目町・有川町・上五島町・奈良尾町) 若松島(若松町) 奈留島(奈留町) 下五島 …
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大羅国

宇久町の神浦と飯良にある小字の「大羅」(だいら)は大羅国という国名だと思う。「羅」は韓人が好む字で、加羅・安羅・新羅や倭の末羅国などがある。 Google で「大羅国」を検索すると 摂津国住吉郡大羅郷 がみられる。 平も「たいら」とよむので、大羅に通じるものを感じる。 古事記で須佐之男命は大国主神に「宇迦の山本に宮殿を建て…
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五島北部の小字 ( 一部 )

宇久町 平(たいら)  萱場﨑 富本 筒川 筒井本 丑ノ山 市木 山本 高塚 金岳山 旦の上 八竜 鹿(しか)の本 大浜 平(ひら)の坂(黄泉の比良坂か)  野方  斑  大久保  集り 菜盛 飯良畑 渉(わたり) 自在形 三ツ枝 小浜  唐松 蒲(こもの)浦 三ヶ﨑(みがさき)⇒三穂の碕か 神浦  大羅(だいら) 水ヶ浦…
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五島北部の遺跡

宇久町 宇久松原遺跡(平郷)  支石墓・甕棺・石棺  貝輪・貝製垂飾品 宮ノ首遺跡(飯良郷)  弥生中期 古墳時代-奈良時代の製塩土器 アワビ 小値賀町 神ノ﨑遺跡(黒島)  弥生時代~古墳時代の埋葬遺跡 地下式板石積石室墳              朝鮮半島南部産の板状鉄斧が出土 水ノ下古墳(笛…
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福江市 周辺の小字 ( 一部 )

福江市 下大津  江湖 椎木渡瀬 平 箸木 和布﨑 橘 城岳 上大津  奈良木 小大津 住吉 筍山 堀金子 畝原 瀝水 三尾野  三尾野  松山  樫河 大日の道 大荒   引田ノ辻 小田 鯨峰 潮満越  木場  蠑螺河 吉久木  吉久木 黒葛 籠淵  神屋敷 壱里川 吉久木後 吉田  志々岐平 堤町  高巣向 …
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山跡 を発見 !!

五島の福江市 長手町に小字 「 山跡 」 がある !! 万葉集1 虚見津 山跡乃国者 押奈戸手 吾許曽居 「虚見津」(そらみつ)は木が生えてない鬼岳頂上からの眺めだ。 天平12年(740)9月に九州諸国の兵を動員して反乱を起こした藤原広嗣が追討軍に敗れて朝鮮半島に渡るため値賀島から出航し東風に乗って4日後に耽…
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平群氏  真鳥

万葉集3843 何所曽 真朱穿岳 薦畳 平群乃阿曽我 鼻上乎穿礼 平群氏は鉱山技師で真朱を採掘していた。 平群臣真鳥  雄略紀 即位前紀11月   清寧紀 元年正月  武烈紀 即位前紀  ネット検索で 「 真鳥 」 は五島に多い名字 であることを知りました。
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邪馬台国 を大発見 !!

邪馬台国または高天原・倭国は五島の玉之浦町である。 万葉集29 の 青丹吉 平山 は玉之浦町の地名 上の平 である。 付近に金鉱がある。この金鉱が青丹吉。 玉之浦に生えるアコウの木 ⇒ 天吉葛(あまのよさつら)  岩波文庫 日本書紀(一) P38  福江藩の幕府や諸大名への献上品であった中須川の鮎を 玉島 小川…
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遠の朝廷

万葉集 4011  越 4113  美由支布流 古之 ⇒ 対馬北端の古里 304  島門 神代之所念⇒出雲の国譲りと瓊瓊杵尊の天孫降臨 豊玉姫 3668  筑前国 志麻郡 韓亭 794   斯良農比 筑紫国 4331  之良奴日 筑紫国 973  食国 遠乃御朝廷 遠の朝廷は越(対馬北端の古里)と…
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五島の鉱物など  五島には金鉱山があった

「韓半島の楽浪郡時代の遺跡の出土品に金細工が多いことは知られています。同じ時代の漢の植民地の遺跡でも、ヴェトナムのドンソン文化には金細工はほとんどない。この違いは、日本列島産の黄金でしょう。楽浪郡の富は漢代の文献にも有名でした」 『日本史の誕生』 岡田英弘 弓立社 2001年 第5刷  P108上 新魚目町 曽根温泉 …
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志自伎

平戸市 野子町の志自伎神社       鏡川町の志々伎谷 松浦市 御厨町 里免の志自伎 田平町 下寺免の志自岐平 福江市 吉田町の志々岐平 宇久町 宇久島神社(神浦郷長坂)は古くは志自岐大明神と称した。 新魚目町 志々岐灘 壱岐 石田町の志自岐(志々岐神社) 佐世保市の黒島 明暦2年(1656)の田方帳抜書では…
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宮ノ首遺跡  宇久町飯良郷

宇久島の西端、南向きの入江に臨む貝塚。 平成2年(1990)に発掘調査。 縄文時代前期から弥生時代中期後半、平安期・鎌倉期の遺物が発見されているが、主体は古墳時代末期から奈良期にかけての玄海灘式製塩土器などを含む須恵器・土師器類である。 貝塚では大型のアワビ貝の純粋貝層がみられ、「肥前風土記」値賀島の条にみえる干鮑の貢納を裏付…
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白浜貝塚  福江市向町  ― 金印の漢委奴国 はここだ !

福江市 向町  白浜貝塚 白浜の砂丘にある縄文時代から弥生時代にわたる遺跡。県指定史跡。 昭和54年(1979)の発掘調査で、縄文時代後期・晩期、弥生時代前期後半の墓地が確認されている。 縄文時代後期の土器には磨消縄文、同晩期には磨研土器などの特徴的なものが含まれ、石器には剥片鏃やこの時代の海浜遺跡にみられる石鋸・石錘・尖…
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平戸市周辺 ~ 五島列島 ― 漢委奴国や難波・伊勢・筑紫 を大発見

平戸市は「旧唐書」倭国日本伝に「平湖島」とみえる。 『長崎県の地名』(平凡社の地名辞典)  P630下 平戸は万葉集274 の枚(ひら)の湖である。 淡海の比良は宇久町の平郷または平戸である。 万葉集1229 の明石の湖は平戸港で、明の川内町は「明」の遺称である。 万葉集1230 の金岬は幕末に大砲の台場をおいた叶…
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藤江の浦 は五島

万葉集3606 玉藻刈る処女(をとめ)を過ぎて夏草の野島が崎に廬(いほ)りす我は   処女(をとめ) → 宇久町の北端の 乙女ノ鼻 野島が崎 → 野方(宇久町)または野崎(小値賀町) 「宇久島には長崎鼻草原・長野原草原・平古原草原・火焚崎草原・野方草原があり、美しい自然の芝が密生して、牛が放牧されている」 (『長崎県…
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多太泊 と 直渡 (万葉集の遣唐使の歌)

万葉集894  多太泊(ただはて) → 直泊て    4245 直渡(ただわたり) はともに五島列島と博多の那の津を直行する歌である。 那の津(那の大津)は遣唐使の基地港だった。 上記の歌の遣唐使は五島列島から直接東シナ海を渡る南路を通っている。南路は「直渡」(ただわたり)と呼ばれていた。 大伴御津と住吉津は大阪府…
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但馬

五島列島には小字に橘がつく場所が何か所もある。但馬橘大娘皇女(2巻 P310)という人名もある。橘とは阿久根市の特産であるボンタンで、田道間守を五島出身の家系とみて、五島から橘(ボンタン)を持ってきた説を唱えよう。 垂仁紀の天日槍(2巻 P24)は、 菟道河→大姶良川? 近江国の吾名邑→硫黄島の穴之浜 若狭国→甑島? …
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韓郷の島

素戔嗚尊が行った韓郷の島(1巻 P100)は上五島で、新羅の曽尸茂梨は新魚目町の曽根か。 小値嘉町に「斑」があり、天の斑馬の地か。 宇久町には隼人の古墳とされる地下式板石積石室墓がある。 寺島郷に小字「弥五郎」がある。 『地域学のすすめ』(森浩一著 岩波新書)のP126~132で五島の「馬と牛」について記述がある…
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任那は五島だった

「田舎」という地名の場所がある。屋久島永田のいなか浜と五島列島の上五島町船﨑郷にある。「田舎」は都怒我阿羅斯等の註(岩波文庫 日本書紀 2巻 P20 終わりから3行目)にでてくる地名である。 『JAごとう』のホームページでは五島牛の歴史が語られている。福江市内の遺跡から弥生中期の牛歯が発見され、五島牛の歴史は弥生時代まで遡る。 …
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海神の島

山幸彦が行った海神(豊玉彦)の島は五島列島の玉之浦である。理由は万葉集3627の歌の玉之浦は五島列島だから。小字に「橘浦」がある。 豊玉姫命、玉依姫の「玉」は玉之浦にちなむ。 角川の地名辞典 長崎県巻 巻末の小字一覧 を利用して五島の小字を調べると、福江市大荒町に「潮満越」「潮満ノ下」がある。海神の宮は福江市も考えられる。「鵜ノ…
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