書経、詩経国風 南山 の解釈

平凡社 中国古典文学大系『書経・易経(抄)』の書経を巻末解説まで今読み終えた。毎日8時間 3か月かかった。

この本では中国で発見された考古資料など物的な甲骨文、金文、殷墟の発掘による知見を最重視した緻密な考証がされている。しかし中国神話伝説をそのまま直に読めば、扶桑の場所は日本列島にあるので、四書五経、諸子百家、史記の場所の半分は日本列島である。強弓の羿(げい)は日本列島の居た者である。

山海経の若木=椿 説 つらつら椿つらつらに

中国地図では泰山の南方向に曲阜がある。曲阜 は記紀・万葉では勾(まがり)。「勾」は古文単語「におう」(視覚で赤土が鮮やかの意か)
下関市有冨 竹生寺がある山を東ヶ嶽といい、その真南方向に位置するハンドウ山 登り口付近は道がカーブしている。

斉(せい)≒斎(さい)
漢字「斉」は「整」(斉一)よりも「斎」(いつ、ゆ)に近い意味である。
斎は有冨墓地の東側尾根。 伊勢、泊瀬の斎宮。

詩経国風 斉 は卑猥なポルノ漢詩である。南山は近親相姦で兄が嫁いだ妹のもとへ淫行しに行く。この漢詩をそのまんま直に読めば、合理的に実現可能性を考えて斉と魯とは距離で300メートルぐらいしか離れていない。狐より山海経 海外東経 青丘国の九尾狐を思いつく。また故事成語「一狐裘三十年」いっこきゅうさんじゅうねん 斉の晏子春秋 

万葉集 野鳥のホトトギス 女陰(ほと)と戯す 説あり。女は正妻でない妾。
アヘアヘ声のホトトギス鳴く丘は有冨ハンドウ山である。

北の山(玄山)は竹生寺の東ヶ嶽(中国では東嶽=泰山) 山東はハンドウ山の長い尾根。
詩経国風 斉 南山は下関市有冨のハンドウ山である。有冨中村は倭国の極南界か。

詩経国風 斉 南山 の解釈
兄妹の近親相姦の歌である説 通説
 平凡社 中国古典文学大系『詩経・楚辞』の詩経
 筑摩書房 世界古典文学全集『詩経国風・書経』の詩経国風
 集英社 漢詩選 詩経(上)

近親相姦の歌とは見ない説 大学の文学部は女子学生が多いゆえの配慮か
 明治書院 新釈漢文大系 詩経 上
 学習研究社 中国の古典 詩経 上 ・・・ 東京女子大学での講義録

兄妹の近親相姦といえば、
古事記 允恭記の木梨の軽の太子と同母妹の軽の大郎女(衣通の王)である。
その歌謡より、
木梨の軽太子の家は泊瀬にあって、泊瀬の上つ瀬に杙を打つ。
詩経のは隠国の泊瀬の場所である有冨墓地東側の谷の上、大迫池の上の尾根である。
魯は有冨中村である。

天子が居る場所は天子南面。北は高い山、南は低い川、陽(みなみ)に傾斜して日当り良好。
南山とは円錐形の単峰ではなく風水パワーの山地「龍」の南端である。
孔子の 孔=穴。女の穴。陰は月。かぐや姫の月の都。
男は陽。日臣(道臣)

白川静によれば、孔子は父親がわからない巫女の子であるという。

文庫書紀①142‐8 神武紀
皇祖天神を祭りたまふ。 鳥見(とみ)山の位置
皇室に秘蔵されている三種の神器の玉を見た人がおり、それは「親魏倭王」金印という。私見では 万葉集990 題詞 跡見茂岡 より、有冨の重岡さん家の持ち山に「親魏倭王」金印が埋まる。朝カラスが飛ぶ方向の山。

泰山 竹生寺がある山 山口県風土誌に東ヶ嶽とある。
斉 有冨墓地、大迫池上の尾根

魯 有冨 中村 山際の高座に位置する3軒(中村、岩谷、儀万)。
魯は魚なので海・川・沼のほとり、秋根、安岡、冨任も候補地。

孔子は有冨中村の人だった。

泰=太=大
女 俀国
倭人は泰伯、太伯の裔、周の姫氏
鬯(ちょう)は天子が献上する物


有富 大迫池 堤工事
池底、山際から青粘土が露出 ― 青州
山東は中国の山東半島ではなく下関市有冨の有冨墓地・大迫池上である。
斉国 =斎宮

詩経の漢詩は古事記、万葉集につながる。
詩経の多くは民謡とされる。詩経の人間性、感情表現、食べ物・料理は中国人ではなく、下関市の有冨、吉見、豊北町の人たちと思えれば、書経・詩経は下関市の郷土史になる。