犬鳴川の今倉 字「弘法」

平凡社 書経・易経(抄) 中国古典文学大系
書経 酒誥 P230下 7行目
父の下のを正す者たち
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下関市湯玉 犬鳴川の今倉 字「弘法」

P231下 注四 妹国
妹国=牧野=衛 は同一地

下関市小野 小野妹子の親類が立ち寄った言い伝えがある。
妹子より湯玉 犬鳴川沿いの人であろう。


角川 新字源 【弘】
弘法 仏法を世に広めること。 空海(弘法大師)
弘道 道を広める 論語 衛霊公

赤塚忠の説 弘父とは司寇で、綱紀を正す長官

私見
伊都国の一大率は宇賀・湯玉付近にあった。
犬鳴川沿いの道は新しく、昔は湯玉在から今倉に上る道しかなかった。

今倉に「安徳天皇弟宮霊」 があり、その隣に よくわかないが殉死した者たちか「五十七人の墓」 がある。 倭国の残党の墓か。 蓑ヶ岳には景行天皇伝説もあり、今倉には隠れた歴史がある。

小字「弘法」の隣は小字「兵法」である。
弾正原(豊北町 北宇賀)という山は小字「檀上原」 で真弓岡だ。
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湯玉の小字「弘法」は司寇。または論語の衛霊公の地。

万葉集
3160 貞浦 【貞】 行いが正しい、節義を守る。小字「国正」
3161 在千潟 湯玉在
3162 沿岸防備の衝石=筑紫。咫は周王朝を示す字
3163 妹子

新説 貞浦は湯玉の字「国正」である。