下関市 福江 徐福か
徐福祠、徐福相 は「長門の西」 にあるという。
下関市域で徐福に関係する物は武久浜遺跡から出土した半両銭がある。
徐福祠、徐福相の場所を考察
中国系の神社 萩市須佐 高山にある黄帝社
像としては役行者像が次の2か所にある
楠乃5丁目 郷土史本 『ふるさと下関 ふるさと勝山』 P270、P513
福江 農免道路沿い 細川ふとん店近く ・・・ 1200年前からこの場所にある
石碑が立つ所
豊北町 田耕の蒙古塚
福江の大塚 字「生墓」 ・・・ いわれ等は未詳
Google で 【 田耕 蒙古塚 】 を検索すれば関連サイトが読める。
土井ヶ浜の神功皇后神社にも蒙古塚がある。
藤森神社 (京都市伏見区深草鳥居崎町609) にある蒙古塚
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油谷 蔵小田 に藤森須賀神社がある。 地図に載る
字「辻畠」 の藤森神社(大日様) と須賀社を合祀した。
長崎県松浦市に徐福伝説がある不老山がある
徐福と役行者が結びついている。
長崎県の徐福伝説
松浦市の不老山 が邪馬台国だ
http://44051510.at.webry.info/201102/article_75.html
松浦市の民話・伝説 ⇒ 出雲と高天原の大発見
http://44051510.at.webry.info/201102/article_38.html
平戸市 前津吉町の金立神社に徐福伝説がある
http://44051510.at.webry.info/201102/article_74.html
東三河の秦氏 その9
http://suisekiteishu.blog41.fc2.com/blog-entry-1285.html
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生贄
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生墓 ・・・ 福江の大塚にある。
徐福祠は福江の大塚にある生墓か。
下関市福江の「福」 は徐福にちなむか。 ・・・ 大胆な推理!
福江の大塚は「王塚」 とも書く。
新免川は「神明川」 とも書く。
続日本紀③45-13
出雲屋麻呂 福江の字「屋代」 善行寺あたり
出雲の意宇(おう) は福江王塚の海
続日本紀③47-4
赤染造広足、赤染高麻呂 常世連
黄泉の場所は、勝谷と福江大塚の字「王仁」「生墓」
赤染の「赤」 は船越の字「赤松ヶ尾」 か
続日本紀③53-4
津史秋主 綾羅木川沿いの有冨側 字「津ノ地」
綾羅木川沿いの字「伊勢防」、「燈台」 は天照大神に関連するか
今来、大槻 吉見の船越
http://44051510.at.webry.info/201501/article_6.html
呉の大伯 徐福|kotoshironushiのブログ
ameblo.jp/indiaindia-27/entry-11970017427.html
吉野ヶ里遺跡には 多くの中国系の人骨が 発見されており 徐福の一族が 係っていることは明らかなこことです
高木神の高木とは 槻(ケヤキ)の隠語で 月=槻(つき)=高木で 月神という意味です この一族は 月神を高木神として祭ったようです。
徐福以前の古代倭国では 自然信仰が主流であったが 月信仰は この地域で広がったと思われます
大山守 ・・・ 応神天皇の子だから福江の大塚の人である
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B1%B1%E5%AE%88%E7%9A%87%E5%AD%90
伊予来目部小楯
大石尊 ・・・ 場所は農免道路脇の千石岩
(大) 山守 の地は船越-慈光寺 あたり
福江 大塚の字「王仁」 読み オウジン
「応神」 とも書かれる。
王仁=応神
王仁=王仁(わに)=和邇・和珥=鰐
福江の因幡松
因幡の白兎 沖の島は来留見ノ瀬
大塚は墓場で黄泉だから出雲
小字「巳き」 ・・・ 大巳貴命 安岡八幡宮の祭神
下関市
福江大塚にある碑「生墓」 は徐福祠あるいは卑弥呼の冢だろう。