竹取物語の考察 2


万葉集の讃岐
万葉集

卜歎居者 ・・・ 「卜」 より卜占で、油谷島南部の小字「甲亀」 か
遠神 ・・・ 私見では遠朝廷で向津具にあった
網の浦 海処女 焼く塩

 小竹櫃 ・・・ 「小竹」 は油谷島南部の小字
220 狭岑島
4472 於保乃宇良 ・・・ 向津具の大浦だろう


『新日本古典文学大系 別巻 万葉集索引』  岩波書店 
P451 左下
軍王  こんきし
青木和夫は百済王余豊にあてる

天富命
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E5%AF%8C%E5%91%BD


「口頭伝承のかぐや姫」 と「 竹取物語のかぐや姫」
http://www.town.koryo.nara.jp/contents_detail.php?frmId=19
この名前の人物 (石作皇子・車持皇子・右大臣阿倍御主人・大納言大伴御行・中納言石上麻呂足) の名前から、加納諸平という学者が江戸時代末期に 『竹取物語考』 と言う本で、この五人は奈良時代の 「壬申の乱」 に関係のある人物の名前であると、実証しています。
この事実をもう一歩深く突き進んで考えると、五人の求婚者の名前から壬申の乱(六七二) と関係ある人とすると、・・・


  ↓
竹取物語は壬申の乱と関係する。

油谷島の南部
小字「友国」 ・・・ 大伴友国 壬申の乱で大海人皇子に最初から随行

讃岐国は油谷島の南部か。
軍王は油谷島南部の小字「甲亀」 の人である。
近くに大社神社がある。 大社神社の由緒などは未詳である。

油谷島の中央部の小字「鳥」「ノ上」「大床」 から、
  竹取翁の家は本油谷(油谷島南部) の小字「湯ノ上」「甲亀」
  天人は油谷島の山頂
という推理ができる。

丹後国風土記 逸文 奈具社
比治山の頂に井有り。 その名を真奈井と云ふ。 今は既に沼と成れり。 この井に天女8人降り来て水浴みき。
  ↓
この場所は油谷島の山頂近くか。
道がない、道路の清掃がされてないため、油谷島の山の上まで車で行けない。

『油谷町史』 に油谷島の小字地図が載る。

ネットで国土地理院の地図を見る。 149.7 m の山頂付近には池はない。
小字「天鳥」 は池があって集落がある。

油谷島の小字 「梶ヶ平」 「則国」 「油谷」 「天鳥」
高天原、天人、天女の里はここだ。

他に山頂付近に池がある山は狗留孫山がある。 場所柄、狗留孫山や華山の麓が竹取物語の場所とは思われない。 豊田湖の天皇様は遠いので、竹取物語の天人ではない。
吉母の妙見(西光寺の西にある溜池の上) は麓から近いので天人ではない。

有冨の竹生観音は山道を登るので竹取物語の天人の可能性あり。
竹生観音に明見社がある。 明見(妙見)=北極星=天皇

深坂池には神功皇后の腰掛け石があるらしく、何かで深坂(みさか) は神仙境とされてると読んだ。 竹生観音は東大寺の実忠が下関に来て開いた寺といわれ、竹生観音の周辺は蒲生野、深坂など奈良県特有の地名読みがある。

3年前は、六連式製塩土器が出土した場所を重視して、
網ノ浦は永田本町の網代ノ鼻で、竹取翁は永田本町の人
軍王は綾羅木の字「重竹屋敷」 の上にある武者八幡(明治42年、川北神社に合祀) で、竹取翁は重竹の人
と考えていた。


阿川  豊北町
阿川に神宮﨑があり、油谷島の対岸に位置する。
油谷島は特別に重要な島なのだろう。

阿川 「神宮﨑」 の読み 「しぐざき」

角川日本地名大辞典 山口県
阿川
地名の由来に、阿河(あこ) が変化したもの説がある。 注進案

網浦 → 嗚呼見浦 →嗚呼児(あご) → 安胡

万葉集
3610 安胡乃宇良
3611 月人 (つくひと)

島戸 の 八幡宮  伊勢
http://44051510.at.webry.info/201203/article_23.html



油谷島 考察
http://44051510.at.webry.info/201507/article_10.html
油谷島 の 小字「越ノ浜」 「則国」
http://44051510.at.webry.info/201203/article_27.html
向津具  柿本人麻呂
http://44051510.at.webry.info/201106/article_109.html

「韓人が蘇我入鹿を殺した」 の問題
http://blog.livedoor.jp/ussyassya/archives/51955587.html


竹取物語は油谷島と向津具が舞台か。
万葉集の讃岐から、竹取翁は油谷島南部の大社神社あたりに住んでいた。

天人は油谷島の山の山頂か、小字「梶ヶ平」「油谷」「天鳥」 にいた。


高天原  油谷島
大空、美濃  雨乞岳西の みのが峠
天の浮橋  油谷 蔵小田の新橋

竺紫日向の高千穂宮  吉母 若宮神社の裏山

難波  吉見の古宿
飛鳥  吉見、安岡の上げ
河内  秋根

倭(やまと)  有冨上の大年池・蒲生野山田・竹生観音


油谷島の本油谷古墳から出土した馬具の壺鐙(あぶみ) は長門市 三上山の南側の糘塚古墳から出土したものと同種なので、古墳時代終末の時期において油谷島と長門市中心部は関係する。

長門市仙崎の古墳は石組みがなく、ただ穴を掘っただけのものである。
これは伊奘冉尊の黄泉の穴に通じる。