長門市~下関市 山陰側


なぜ伊勢は「神風」 なのか

風土記446-14
伊勢国風土記 逸文 伊勢の国の号(一)

神功紀の神託 文庫書紀②138-5
風の伊勢国の百伝ふ度逢県の拆鈴五十鈴宮に所居す神、名は撞賢木厳之御魂天疎向津媛命
  ↓
「向津」 から向津具か
「神」 は朝鮮半島からの渡来者ではなく中国からの渡来者で徐福である。
度逢県は楊貴妃が漂着した場所と伝えられる唐渡口である。
 
向津具でもっとも社格が高い神社は御崎神社だった。
『長門市史』 に載る謎の神社「大島」 に注目せよ。

奈良県から出土した木簡 「伊勢国川尻」 は向津具の川尻岬
http://44051510.at.webry.info/201303/article_42.html
神風の伊勢国  向津具の川尻岬
http://44051510.at.webry.info/201401/article_65.html
日吉神社 合祀 御崎神社
http://44051510.at.webry.info/201008/article_105.html

油谷町史に小字地図が載る。
小字「管田」 の北に小字「竹津」 がある。


下関市  卑弥呼の冢 候補地
吉見上 滝本神社跡
福江と船越の境 小字「生墓」
吉母の江良 山本さん家横の竹林
厚母 阿蔵の千人塚

永田郷 妙寺の小字「国賀」 は「国衙」 の転訛だ。
吉母-永田郷妙寺-厚母-阿蔵・遠田-室津上-御崎
は仏教系の伝説が多い。 弘法大師が御崎を訪れたなど。


高志氏は王仁の子孫
行基  続日本紀③61-8
和泉国の高志氏
下注13 王仁の子孫
  ↓
王仁は鰐で、土井ヶ浜の岡林か
和泉は黄泉の泉津で土井ヶ浜遺跡

船越川沿い
福江の王塚に小字「王仁」(おうじん) がある。 仁=人 で王家の人 だろう。
「応神」 とも表記される。
新免川は山口県風土誌などに神明川と書かれている。
神明とは天照大神のことである。

吉母の黒嶋に行基の伝説がある。  郷土史本 『汀の里』 P9
奈良時代、行基菩薩が聖武天皇の勅命を受けておとずれ、この地の風光と地形に霊を感じ、自ら十一面観音像を刻みまつられた



多治比氏
『山口県神社誌』 平成10年
西八幡宮 豊田町大字矢田126番地
境内社の中に日隅神社がある。
この今熊の地には、神功皇后来臨の地として、古くから華山の熊野神社が勧請されていた。
奈良時代の宝亀年代(770~)、長門国司 多治比臣が参拝し、天皇より授かった宝冠を埋納したという伝説がある。
  ↓
多治比氏は長門国府があった長府の人か


『大津郡志』 P127
深川庄赤﨑祭りの田楽は大嘗祭で多治比氏の内舎人等が奉る田舞である。
  ↓
文庫書紀⑤58-4 田儛


長門市の西部 日置
堀田遺跡
http://44051510.at.webry.info/201402/article_4.html
日置 長門市
http://44051510.at.webry.info/201402/article_2.html

長行黒川遺跡の古墳時代の層から甑(こしき) の破片が出土している。