亶洲  長門市 油谷・日置


徐福亶洲居住説
徐福は平原広沢の亶洲に王として定住したとされる。
油谷・日置・土井ヶ浜には道教・方士を感じさせるものがある。
日置の地名「国常」 は国常立尊にちなむ? 国常立尊は徐福か。

角島
つのしま自然館には揚子江流域にあった木製の仏像が揚子江の氾濫によって漂流し角島に流れついた説明がある。 会稽から角島へ流れる海流がある。


人丸神社の小字「陵」 (みさざき)
『油谷町史』 P891
人丸神社のある(みさざき 三佐崎) は地形が高く突き出ている見晴らしの良い所で岬のようなので、岬から転化したものであろう。
  ↓
近江の狭狭城山君 (淡海の佐々紀の山の君)
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淡海の海は楽浪 ― 場所は油谷湾 掛淵川河口


道元山
向津具に元山 (211.9 m) がある。
君  文庫書紀③344-7
越道君伊羅都売 ― 向津具上の小字「伊羅加畑」 文庫書紀⑤44-5

『油谷町史』 の小字地図では「伊羅加田」。
「伊羅」 という稀有な地名表記は「伊羅都女」 の地である証明力を有する。

『新説 日中古代交流を探る』 いき一郎 著  葦書房 1989年
P132
君の「道」 は道家道教の理想を旨として自称したとする方が自然である。 大王(天皇) を自称しておかしくないのである。
P133 
牛を神に捧げる漢神信仰の祭祀場
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鎌倉時代であるが土井ヶ浜の遺跡から牛の骨を使った卜占跡が出土
向津具・油谷・日置・土井ヶ浜には道教・方士を感じさせるものがある。

継体紀 坂中井 ― 向津具上の小字「坂中」  文庫書紀③162-4

※ 『油谷町史』 に小字地図が載る。


久津  楊貴妃伝説
向津具の久津にある寺 二尊院 に楊貴妃伝説がある。
向津具の字「王屋敷」 から有柄銅剣が出土した。 本物の草薙剣であろう。
草薙剣を納める名古屋市の熱田神宮にも楊貴妃伝説がある。

熱田神宮の言い伝え、伝承
http://nagoya-sanpo.info/article/385730419.html
熱田神宮がある熱田の地は「蓬莱島」 と呼ばれていた
http://www.densetsu-tobira.com/jofuku/aichi.html
熱田神宮の謎を解く
http://suisekiteishu.blog41.fc2.com/blog-entry-1059.html
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本当の蓬莱島は向津具である。

尾張の津世襲 文庫書紀①260-末
  ↓
「瀛」 の場所は向津具の久津である。


久津には秦河勝を祀る大避神社がある。
http://44051510.at.webry.info/201008/article_103.html

秦 田来津は久津の人か。
兵庫県丹後半島 籠神社に伝わる海部氏系図の場所は向津具の久津か。

久津の「久」 の字は、「いつまでも(永久)=不老長生」 の意味か。

楊貴妃の渡来は
中国(震旦国) から渡来した徐福
大日孁女 ― 吉見 乳母屋社の社伝に震旦国から来たとある
と重なる。

福岡県 鞍手町の草薙剣伝説
狗奴国 鞍手町 説  ― 海北道中の「道中」
http://44051510.at.webry.info/201502/article_6.html
鞍手町 中山
八剣神社の社伝  熱田 草薙剣

参考文献
『鞍手町中山八剣神社千五百年史』 昭和44年


尾張国の場所
①考 福岡県 鞍手郡鞍手町 (根拠) 中山八剣神社の草薙剣伝説
尾張の対岸が伊勢なので、伊勢国は遠賀川下流の水巻町か。

②考 名古屋市熱田神宮の楊貴妃伝説は長門市向津具 久津 二尊院の楊貴妃伝説に対応することから、向津具の久津が尾張である。 本物の草薙剣は向津具本郷の「安佐」 の「王屋敷」 から出土した有柄銅剣である。
尾張の対岸が伊勢なので、伊勢国は油谷島だ。
楊貴妃は向津具の「唐渡口」 に着いた。 この場所は川尻岬の近くらしい。 この「唐渡口」 が伊勢の度会県か。

楊貴妃が漂着した所と伝えられる場所は「唐渡口」「菅田(くだた)」
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向津具では御崎神社が最も格が上で、向津具総鎮守の神社だった。
祭神の高照光姫は天照大神だ。
http://44051510.at.webry.info/201303/article_36.html

竹津
小字「管田」 の北に小字「竹津」 がある。
万葉集292 の「高津」 か。
筑紫・竺紫の「筑」「竺」 の字は「竹」 の意味。

日本書紀
神功紀の神託 撞賢木厳之御魂天疎向津媛命 ・・・・ 向津具

伊勢国 向津具 説
http://44051510.at.webry.info/201202/article_52.html
伊勢国 は 油谷島の俵島 または 御所原大神宮
http://44051510.at.webry.info/201106/article_112.html

伊勢については
万葉集500  吉母の字「西条」 の山を「いせ殿」 という。
万葉集501  「水垣」 とは吉母の「妙見さま」 にある池。
伊勢は日本書紀では油谷島、万葉集では吉母の西条か。


向津具の本郷には条里制があった。
向津具の小田地峡に多賀神社があり、邪魔になるので取り除こうとしたら本物だったと言い伝えられる。

日置は平地が広いが条里制は小さかった。
日置八幡宮の敷地はとても広大だった。


美しい国へ
油谷町 ・・・ 油谷湾は「弱水」 か 文庫書紀②56-5
http://44051510.at.webry.info/201008/article_110.html
向津具  柿本人麻呂  ・・・ 歌中に「ささ浪」 があり楽浪だ。
http://44051510.at.webry.info/201106/article_109.html
向津具大浦 の 海女
http://44051510.at.webry.info/201203/article_21.html

油谷島 の 小字「越ノ浜」 「則国」
http://44051510.at.webry.info/201203/article_27.html
大嶋  大津郡
http://44051510.at.webry.info/201203/article_19.html
油谷町・日置町こそが 本当の記紀・万葉の里
http://44051510.at.webry.info/201303/article_42.html

徐福の 豊北町
http://44051510.at.webry.info/201211/article_3.html
堀田遺跡 長門市
http://44051510.at.webry.info/201402/article_4.html


方士は緯度の測定ができる
太陽の道 (長門市日置) ・・・ 方士が設計した村づくり
http://www.geocities.jp/astpa693/taiyou1.html
扶桑日本の緯度 ・・・ 下関市豊北町は中国の都 西安の真東に位置する
http://44051510.at.webry.info/201306/article_2.html
小字 日本 緯度 ・・・ 西日本にある小字「日の本」 の場所
http://44051510.at.webry.info/201209/article_9.html


考古学では「0」 ゼロ概念 がない
数値が高いものが偉大であるという思考しかない。
角川日本地名大辞典 35 山口県  巻末 古代主要地名分布図 P1436
に古代の官道が載っている。
下関市域は山陽道のみで、山陰側は長門市の深川を通り、豊浦郡と大津郡西側には官道がなく、「0」 (無) である。 この官道「0」 地域が倭国である。

縮み志向の倭人。 「倭」 という字は縮み志向を表す。


『徐福集団渡来 と 古代日本』 いき一郎 著
P134-9行目
  秦始皇帝の意に反した移住は「亡命」 と受けとられかねない。 徐福集団は声高に自己の文明を宣伝したりしなかった。 大陸からの目を恐れたのである。
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関西は中国南朝の目が届かない辺地だった。
古代関西では朝鮮カルトが蔓延していた。 巨大古墳はカルトである。
http://44051510.at.webry.info/201305/article_36.html