任那 地名「田舎」 牛   風土記 御魚家


風土記568下  御魚家
任那ハ サマサマノ魚物多キ国ニテ、毎度日本朝廷ヘ献ス。
故ニ、ミマナトハ呼ハ、ミハ御ノ字ノ心、マナハウヲノ事也。
任那ハを献セシ事、摂津国風土記西生郡ノ篇ニ、其来レハ御魚家ト云テ、京ヘ送ル迄ノ間ヲ宿シタル地名ノ事也。

   ↓
「魚」 の字がつく地名は五島列島北端の新目町である。


垂仁天皇 2年是年
文庫書紀②20、22
一に云はく、
初め都努我阿羅斯等、国に有りし時に、黄に田器を負せて、田舎に将往く。

「田舎」 は朝鮮語でなく日本語の地名である。

地名「田舎」 の場所
① 上対馬町の浜久須村の人が山手にある久須村を田舎久須と称していた。 平凡社 「長崎県の地名」  P920、921
② 厳原町の久根田舎  銀山上神社あり  同 P1016

③五島の上五島町 船﨑郷  小字 「田舎」
五島列島の福江島には弥生時代から牛がいた。

④ 久留米市 高良内  小字「田舎道」
⑤ 北九州市 門司区 柄杓田(ひしゃくだ)  小字 「田舎」
⑥ 鹿児島県 屋久島 永田いなか浜

⑦ 京都府 中郡 大宮町 奥大野  小字「田舎地」


以上から、任那=五島列島の北端説 が導かれる
風土記では、「任那」 とは魚の意味であると記述されている。
西日本にある地名「田舎」 を探し、魚・牛の要件から、任那の場所は五島列島の北端、 新魚目町・上五島町である。 有川湾に弥生遺跡がある。


任那=対馬の大官説
魏志倭人伝で対馬は「官」 ではなく「官」 である。
都努我阿羅斯等は対馬の官であったとも考えられる。
対馬の大官が朝鮮南部を領域にしていた?



『長崎県の地名』  平凡社 日本歴史地名体系
「値嘉」 は最広義では五島から平戸島まで含む。
朝鮮半島南部と関係する遺跡が多い。

宇久町
P563下
宇久松原遺跡
宮ノ首貝塚

小値賀島
P572下
P576中
黒島の神ノ崎遺跡
  朝鮮半島南部産の板状鉄斧
  南九州系の地下式板石積石室墳 

野首遺跡

福江市
大浜遺跡 牛骨の出土
下大津町の八幡神社は宗像三女神を祭る