向津具 本郷


「日の本」 とは、   ・・・・ 東方の神仙の地
中国の都の西安と同緯度、沖ノ島と同緯度の真東を意味し、
その場所は
宇賀本郷~矢玉~土井ヶ浜~向津具~日置町

秋芳町の嘉万 国秀遺跡
美東町の長登銅山
も中国の西安・沖ノ島とほぼ同緯度である。


黄泉の伊賦夜坂→油谷の坂
また
油谷→暘谷→陽侯→楊侯→楊貴妃伝説 と転じた。



向津具の本郷
久津坂の小字「大和」
昭和15年に小字「山戸」 が「大和」 に変更された。

万葉集52  藤原宮御井歌  「日本」 という単語が使われている。
日本乃 青香具山」 だから、藤原京は向津具本郷の中央にあった。
本郷の小字「後山」 が「背友」 の「耳為之 青菅山」 である。

角川日本地名大辞典 35 山口県巻  巻末小字一覧
油谷町
向津具下
 本郷
 本郷三 ― 油谷町史の小字地図「本郷 三ヶ
 本郷鳥ノ子
 本郷矢 ― 油谷町史の小字地図「本郷矢」

小字地名が角川の地名辞典と油谷町史の小字地図で異なる。
油谷町史の小字地図で
字「本郷 三」 は字「後山」 の真南にあり、決定的な場所にある。

向津具本郷で「安」 の字
  佐 ・・・・ 有柄銅剣の出土地 鏡も出土した説あり
  本郷三 ・・・・ 字「後山」 の真南に位置する



飛鳥浄御原宮は、ここだ!
字「本郷 矢」
字「本郷 ノ子」
字「本郷 川」
万葉集4261
大王者 神尓之座者 水鳥乃 太久水奴麻乎 皇都常成通


美濃の不破の道は みのヶ峠になる。

角川日本地名大辞典 35 山口県  オンデマンド版
日置町 P1130右
雨乞台の縄文人
向津具半島を形成する雨乞山の山麓は、戦後の開拓によって土器・石器の散布が知られるに至った。 古いものでは先土器時代のナイフ形石器が、北浦地方では唯一の明確な旧石器である。
そのほか、縄文早期の押型文土器や撚糸文土器が採集されていることから、この雨乞台に最も早く人々が住み着いたものと考えられる。
雨乞台を含む北部丘陵地は、油谷湾の海進で独立した島か、あるいは半島状の地形であったと推定され、針葉樹から落葉樹や照葉樹に代わった森の中で狩猟や採集の生活をしていたと考えられる。


古事記
美濃の藍見河の河上の喪山 ・・・・ みのヶ峠

日本書紀の冒頭
文庫書紀①18-6  見野