油谷島  長門市


俵 島 は 淤 能 碁 呂 島 で あ る 。


俵島 ― 笠沙、淤能碁呂島 (オノゴロ島)
俵島の橋立 ― 天浮橋、阿多の小椅
字「西ヶ平」「前ヶ平」 ― 日向の阿比良比売

字「木通」 ― 万葉集の「木海」 紀伊国の海岸とされている
五十猛命が木種を播いた所

字「天鳥」 ― 鳥髪
箸神 ― 出雲の肥の河で箸が流れてきた。 足名椎・手名椎
字「梶ヶ原」 は油谷町史によれば、もと「神ヶ原」 だったと記されている。
「箸」 の字の地名は、他に箸墓がある。

木花佐久夜比売と足名椎は親が同じ大山津見神なので家が近い。
大山津見神・大山守は油谷島の人である。
宇迦の御魂も油谷島と思える。

越ノ浜 ― 高志
続日本紀①165-1
伊勢国の人 磯部祖父・高志の二人に、姓を渡相神主と賜ふ。
磯部 ・・・・ 小字「磯」 ・・・・「町」 の字 
祖父 ・・・・ 訓みは「おほぢ」
油谷町史 P146
土師器の高杯2点、須恵器の提瓶 が出土

尾張国は楊貴妃伝説がある久津
書紀②104-1
尾張の対岸が伊勢の尾津
小字「天鳥」 は日本武尊の能褒野陵の白鳥である。


字「友国」 ・・・・ 大伴連友国  文庫書紀⑤74-9

天智天皇の淡海国は油谷島の南端、字「池」 である。
地名に「町」 があり都だ。

万葉集 の歌は油谷島である。

万葉集 大土
2442
3344
「大土」 とは何か分かないが、油谷島、とくに字「惣津」「西ヶ平」 あたりにある。



大嶋  大津郡
http://44051510.at.webry.info/201203/article_19.html
長門市 糘塚(すくもづか) 古墳
http://44051510.at.webry.info/201008/article_114.html

油谷島の本油谷古墳から出土した馬具の壺鐙(あぶみ) は長門市 三上山の南側の糘塚古墳から出土したものと同種なので、古墳時代終末の時期において油谷島と長門市中心部は関係する


長門国大津郡中男作物の貢納付札
http://44051510.at.webry.info/201008/article_98.html

大津郡の書風・書法は中国の南朝風だった

著者名:森田 悌著  『推古朝と聖徳太子』
http://www.iwata-shoin.co.jp/shohyo/sho676.htm
「 天皇号の創始については、推古十五年(六〇七) の遣隋使派遣に先立ち、倭王の称号として「天子」 の他に「天皇」「皇帝」 なども検討されていた可能性を指摘し、天皇の和訓であるスメラミコトのスメラは、「仏教用語であるスメル山(須弥山)に由来する」 ことや、天皇の字音が呉音読みのテンノウであることからも、仏教の興隆する推古朝がふさわしいとする 」


私見
古事記は推古天皇までである。
推古天皇までが下関市域か。
記紀・万葉は向津具・油谷島が重要なので、『油谷町史』 は必読である。

美東町の長登銅山から万葉仮名の木簡が出土している。
万葉集3334 「長登君者」 の字がある。