島門 神代の地 遠朝廷


島門 神代の地 遠朝廷
大島
竹取翁
神仙の娘子
これらは向津具、とくに油谷島、俵島である。

越ノ浜  土師器の高杯、須恵器の提瓶
本油谷古墳  銅製の壺鐙(あぶみ)


万葉集
玉島川
853
854
856
862
863

玉津島 ・・・・ 油谷島の西側と俵島
917 左鹿野 奥島
http://situurakai.seesaa.net/article/280558480.html

918 奥島の荒礒 ・・・・ 油谷島の俵島
919 若浦
1215
1216 方便海の神の手渡る ・・・・ 「塩満つ」 で俵島の橋立
1217
1219 若浦
1222
1799

玉浦
1202 俵島
1692

玉浦
3598
3599 神島の磯廻の浦 ・・・・ 俵島の橋立
3627
3628


俵島の橋立
http://blog.livedoor.jp/kitaurashizen/archives/1970347.html
http://www2.bbweb-arena.com/higejiji/tawarazima091004.html
http://k-kato.blog.ocn.ne.jp/kato_tabe/2011/12/post_e3be.html
http://sagaminomen.blog.fc2.com/blog-entry-184.html

伊勢は俵島か


油谷島の西に岩礁の「高原瀬」 がある。
油谷島の中央に字「天鳥」 があるので、油谷島は「天」 である。
高原瀬の対岸の字は「西(にし) ヶ平」 「惣津」 である。
Yahoo 地図の航空写真で見ると、人家があり畑が広がる。

油谷島の西側
字「西ヶ」 は近江の比良浦か。

万葉集1715
楽浪の山風

文庫書紀①142-11  天孫降臨
浮渚在

文庫書紀198-3
日向国の吾田邑の吾津媛



字「津」 の「惣」 には「忙しい」、「総」 の意味の他に、
惣領・総領、家督・長男長女 の意味がある。
高天原は油谷島の西側の字「惣津」 ではないか

万葉集
29 石走 淡海国乃 楽浪乃 大津宮
33 楽浪乃 国都美神乃 浦
淡海国の大津宮は油谷島の字「惣津」 である。
国つ神の浦なら、出雲国か。



万葉集
91 山跡 大嶋嶺 
92 鏡王女
93 藤原卿 ・・・・ 油谷島の字「藤ヶ迫」
94 見円山 三室戸山

向津具本郷の天神(亀山神社) ― 昭文社の地図では向津具本郷が「大島」
油谷島に字「大島」 がある 


文庫書紀①146-最後の行
林に ・・・・ 油谷島の字「成竹」
狭名田 天甜酒
伊勢の狭名田の五十鈴の川上


日本後紀 657-2
小野朝臣野主等言さく、「女の興、国史に詳かなり。 其の後絶えず、今猶お見在す。 又女の養田は、近江国の和邇村・山城国の小野郷に在り

藤原家の家伝にある淡海の私第



天浮橋
槵日の二上の天浮橋
陸繋島、海廊、橋立がある地勢から、向津具の油谷島で
  大浦・越ノ浜
または
  俵島
である。

文庫書紀①22-9
伊奘諾尊・伊弉冉尊、天浮橋の上に立たして、~ 天之瓊矛を以て
天浮橋は俵島の橋立である。

磤馭慮嶋は俵島である。
俵島の橋立は「海坂」 でもあるかも。


文庫書紀①194-10
西洲の宮
日向の吾平山

文庫書紀①198-200
西の偏

日向の高千穂宮は油谷島の字「西ヶ平」 「惣津」 にあった。
出雲の五十田狭の小汀=筑紫の日向=淡海の大津 は同じ場所である。

紀伊国 ・・・・ 油谷島の字「木通」


聖武天皇は油谷島に住んでいた??


吉野(芳野) は油谷島または向津具にあった?
(根拠)
文庫書紀⑤64-2
近江宮と新宮は近い。
吉野は島傍にある。

万葉集 の冒頭の歌の場所は油谷島である。
油谷島が瀛洲、蓬莱山だ。
油谷島の中央部の小字「長畠」 が長谷か。