豊北町 油谷町の向津具


文庫書紀②130-10  仲哀紀
津に向へる国有り ・・・・ 向津具の対岸 新羅の迎日湾
岩波文庫の解説では「津、すなわち日本の津(港) の向うの海彼の国」 と説明されているが誤りである。
日本=向津具 と解せばよい。
  ↓
記紀・万葉では
「日本」 は向津具
「倭」 は綾羅木川、内日・菊川など
を分けて記述されている、とみた。


向津具の本郷
万葉集52  藤原宮御井歌
日本乃 青香具山」 だから、藤原京は向津具本郷の中央にあった。
字「後山」 が「背友」 の「耳為之 青菅山」 である。

角川日本地名大辞典 35 山口県巻  巻末小字一覧
油谷町
向津具下
 本郷
 本郷三  油谷町史の小字地図「本郷 三ヶ
 本郷鳥ノ子
 本郷矢  油谷町史の小字地図「本郷矢」

小字地名が角川の地名辞典と油谷町史の小字地図で異なる。
油谷町史の小字地図で
字「本郷 三」 は字「後山」 の真南にあり、決定的な場所にある。
向津具本郷で「安」 の字
  佐 ・・・・ 有柄銅剣の出土地
  本郷三 ・・・・ 字「後山」 の真南に位置する


「日向」 とは沖ノ島に日が向かう場所をいう。
朝日、夕日が沖ノ島を刺す場所である。


文庫書紀⑤196- 3
都努臣牛甘

文庫書紀⑤208-8、210-11
都努朝臣牛飼
「牛飼」 より角島の人である。


阿閉臣磯特牛  文庫書紀③32-5
同じく阿閉臣事代より、事代主神は特牛に住んでいた。
志津石室は特牛の浦山遺跡で、ここが出雲国の穂の碕である。


紀臣大音  文庫書紀⑤98-9
豊北町の「大音」 には金鉱があった。
また
吉田の足河内に大音山がある。