古墳時代の対外交流  オンドル


朝鮮新報
ttp://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2005/06/0506j0211-00001.htm
ttp://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2005/06/0506j0218-00001.htm
ttp://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2010/06/1006j0831-00005.htm

古代日本のオンドル遺構  糸島にはオンドル遺構はない。

福岡県  新吉富村、桂川町、川崎町、岡垣町、宗像市、津屋崎町、福岡市、春日市、筑紫野市、夜須町、小郡市、豊前市
佐賀県  中原町

鳥取県  倉吉市
岡山県  山陽町

京都府  園部町、綾部市、福知山市、宇治市
滋賀県  大津市、栗東市、日野町、能登川町、長浜市、高月町、余呉町、
安土町、秦荘野町
奈良県  高取町、御所市
兵庫県  神戸市
大阪府  堺市
和歌山県  和歌山市

東京都  府中市

石川県  小松市


日本書紀を読めば、畿内には韓人はいず、渡来人は東国へ移住させている。
山口県とくに下関市域では古墳時代のオンドル遺構はないので、下関市域には韓人は居住していなかった。

日本書紀の「畿内」 は下関市、「東国」 は大阪府・奈良県・滋賀県である。



『増補 水巻町誌』
遠賀地域でのカマドの初例は5世紀後半墓ノ尾遺跡一号住居跡(岡垣町)である。 カマドとともにオンドルという炊事暖房施設をもった住居跡であり、朝鮮半島との交流が考えられている。

生産遺跡としては岡垣町野間窯跡群があり、6世紀後半に須恵器生産が開始されている。

P83
遠賀町尾崎・天神遺跡では、7世紀中頃~後半の掘立柱建物が検出されており、須恵器の鳥形瓶も見つかっていて、里長クラスの館跡と考えられている。

芦屋町の浜口廃寺は、礎石や8~10世紀にかけての瓦がみつかっている。 当時は寺院や馬家、官衙には瓦葺きの建物があったといわれているので、浜口廃寺も寺院跡と断定できない。

岡垣町墓ノ尾遺跡群では、8世紀代の鴻臚館系瓦窯や百済系の鬼瓦も見つかっている。

大宰府では、「遠賀団印」 がみつかっており、軍事組織の存在が推測される。 郡内にあったものなのか、その構成員がどのようなものであったのかは不明である。
また、調に紫色の染料の原料である紫草(ムラサキ) をおさめたという木簡もみつかっていて、当時の遠賀郡を知る貴重な資料となっているが、水巻町のことはあまり実態が分かっていない。

私見
岡垣町 墓ノ尾遺跡のオンドルと百済系の鬼瓦は朝鮮半島の倭系製品・古墳と関係する。

万葉集3870 「紫の粉滷」 から紫の産地だった遠賀郡の海。
「紫の粉滷の海」 は岡垣町。
筑前国志賀白水郎は岡垣町~鐘﨑。




先代旧事本紀巻五 天孫本紀
http://www.asahi-net.or.jp/~xx8f-ishr/sendaikuji_5.htm 様から引用

弟 物部連公(もののべのかねのむらじ)
[借馬連(かりまのむらじ)・野間連(のまのむらじ) 等の先祖]

十三世の孫の物部尾興連公 (もののべのおこしのむらじのきみ)
[荒山大連の子供]
この連公は、磯城島金刺宮(しきしまのかねさしのみや) で統治された天皇[欽明天皇] の御世に大連となって神宮に斎仕えた。
弓削連(ゆげのむらじ) の先祖の倭古連(やまとこのむらじ) の娘の阿佐姫(あさひめ)、次に加波流姫(かはるひめ) を娶って兄四児を生み、弟三児を生む。

弟 物部守屋大連公(もののべのもりやのおおむらじのきみ ) [亦は弓削大連(ゆげのおおむらじ)という。]
この連公は、池辺雙槻宮(いけべのなつきのみや) で統治された天皇[用明天皇] の御世に大連となって神宮に斎仕える

弟 物部金弓連公(もののべのかねゆみのむらじのきみ) [田井連(たいのむらじ)・佐比連(さひのむらじ) 等の先祖]



延行条里遺跡(八幡ノ前地区) から「弓削畳麿」 と書かれた木簡が出土
「野間」 は岡垣町の地名

豊臣秀吉の朝鮮出兵は遠賀川の河口から渡海した。
毛利氏の軍勢は豊北町の肥中から渡海した。

汐入川の別名が石川である。



魏志倭人伝の
末盧国 ・・・・ 津屋崎 渡の京泊 宮地嶽古墳  火前国の松浦県
伊都国(世々王有り、一大率) ・・・・ 岡垣町  五十迹手の伊覩県
不弥国 ・・・・ 下関市綾羅木川流域


岡垣町の一大率が朝鮮半島に侵攻した。