楢崎-菊川町 「小日本」  豊田町手洗-「遠つ飛鳥」


岩波文庫 日本書紀(一)  P198の左端 「天関」
神武天皇
天関 の場所は関門海峡の門司(門司関・大里) または下関である。
私見では高天原の場所は下関市蒲生野の竹生観音である。

万葉集155 額田王  山科乃鏡山
この「山科」 の場所は蒲生野山田である。
天智天皇陵は竹生観音の前にある。

万葉集311 梓弓引豊国之 鏡山 は門司・小倉の足立山である。


関門海峡の下関側で、日本海側から瀬戸内側への通り道となる要衝は
  綾羅木川の流域 ・・・・ 山城は勝山城
  内日の石畑峠 ・・・・ 山城は鬼ヶ城
  菊川の久野峠 ・・・・ 川棚の高地性集落

菊川盆地は「小日本」 といわれてきた。
観れば、夫の畝傍山の東南の橿原の地は、蓋し国の区か。治めるべし。
岩波文庫 日本書紀(一)  P238

日本列島の地図を見れば、軍事戦略論の地政学から
「墺」(もなか) は菊川の日新・楢崎である。
記紀・万葉の「奈良の都」 の場所は菊川の崎である。

神武東征の終着点の倭 ・・・・ 内日
菟田 ・・・・ 内日下、植田
菟田の血原 ・・・・ 日新と内日下の境「乳原」(ちはら)
猛田(竹田) も内日下だと思われる。


豊田町
安徳天皇陵参考地の小字「王居止」(王居士)
神功紀の中臣烏賊津使主は豊田湖の 「烏賊ヶ淵」 に因むものである。
地吉の黄幡(きば)社は日隅神社ともいう。

手洗 (たらい) ・・・・ 神社に参拝する時、境内に手を洗う場所がある。
「手洗」 という地名より、古事記の遠つ飛鳥である。
遠つ飛鳥
 岩波文庫 古事記  P172
 角川ソフィア文庫 新訂古事記  P162
 角川ソフィア文庫 新版古事記  P197


豊田町は石上振宮である。