天日矛 伊都国


伊都国(世々王有り)  天日矛の新羅国で香春町
  または田川市の伊田、位登、糸田町、方城町の伊方

高天原の「高」 は古くは「高羽」 と書かれた田川
万葉集418  豊国の鏡山 


古事記の天若日子
美濃の国の藍見河の河上なる喪山

香春町にミノ遺跡がある。
『香春町史 上巻』 P113 に 「ミノ台地遺跡より味見峠を望む」 写真が載っている。 近くに宮原遺跡群がある。 どちらも弥生時代の遺跡である。


批判
伊都国は千余戸で、田川全体ではもっと人口が多い。
香春町限定で千余戸か。

万葉集では天香具山から海岸のカモメが見える。
ゆえに香春岳が香具山とは思えない。

仲哀トンネルの向こう側は熊襲の国だ。
熊襲は朝鮮半島の新羅と親交がある。

伊都国は倭国の高天原・高千穂宮とは関係ないと見るべきか。

伊都国には諸国を睨む一大率がある。
天日矛の国は一大率の伊都国や高天原ではない。


日本書紀では
新羅に対しては反感をもつ記述ばかり
百済とは友好的

香春町・田川市は新羅系
山口県は百済系 防府市など


日本書紀によれば、日本の仏教は百済から伝来したものであるから、田川市など新羅系瓦の古代寺院がある場所は倭国ではない。



豊国の鏡山 万葉集417419  手持女王 
河内王
岩波文庫 日本書紀(五)  P218、266


他方で次のようにも考えられる。
伊都国の真相
一般的な通説で地名場所を比定すれば
万葉集304 島門   遠賀町の島津
万葉集418 豊国の鏡山  香春町の鏡山
また
万葉集1767 伊都我里座者  抜気大首の歌

私見 神功皇后の三韓征伐以降は
島門が遠賀川下流の島津にあって、蟻通う遠の朝廷は香春町にあった。
筑紫大宰河内王は新羅の分国である香春町に居て、防人の一大率を従えていた。


岩波文庫 日本書紀(一)  P100
樹種を朝鮮半島から持ち帰った五十猛命は、筑紫より始めて ・・・・
この「筑紫」 は香春か?
いや、「新羅国の曾尸茂梨」 は香春だ。


翰苑
邪に伊都に届き、傍ら斯馬に連る。
伊都は香春
斯馬は遠賀町の島津(万葉集の「島門」 比定地)
賀川は「の朝廷」 に因む地名である。