高円 高円野  念西


岩波書店 新日本古典文学大系 別巻萬葉集索引 地名索引

高円・高円野  たかまと たかまとの
奈良市の東南春日山高円山を含む一帯の地。
聖武天皇の時に山頂近くに高円離宮が営まれた。


記紀万葉の都の場所は下関である。
万葉集に書かれた下関邪馬台国の臨終
4506
高円の 野の上の宮は 荒れにけり 立たしし君の 御代遠そけば
4507
高円の 峰の上の宮は 荒れぬとも 立たしし君の 御名忘れめや

奈良は吉母の印内
東大寺は印内にあった東光坊
大仏は東光坊の大仏 ・・・・ 厚母の安養禅寺にある重要文化財の大仏

春日山は草場山の電波塔がある峰
高円山は吉母から見て、円錐形の尖った峰

石上振宮も草場山である。
吉母上公会堂横の林道を上がると「黒岩」 の峡谷がある。
吉母1176番地あたりから見て、手前の山とその向こうの山の間の高い尾根に人が何かをしていた広場があるという。 そこが石上振宮だろう。

草場山の林道上から眺める夕焼けは素晴らしい。
この景色が万葉集1788 不留山ゆ 直に見渡す 都にそ


黄泉の国
泉門に塞ります大神
道反大神
塞ります黄泉戸大神

この場所は室津上の椿原から昔の御崎へ行く山道を上がる。
ゼンリン地図で「谷川」 という小川が流れている。
椿原のこの小さな川「谷川」 が明日香川か。
道を上がると溜池があり、さらに朽ちた寺跡を越えて、さらに奥へ強引に登れば植林の森の中に新しい砂防ダムがあり、その奥の谷川の山道に沿っておびただしい数の遍路仏がある。
さらに谷川に沿って登ると巨大な岩があり、その回りにも遍路仏がある。
ここが記紀万葉の黄泉の国である。
万葉集1557  明日香河 逝廻丘 の場所だ。

万葉集
1804  箸向かふ 弟の命は 朝露の 消やすき命
1806  檜木笶 荒山中尓 送置而 還良布見者 情苦
漢字の原文表記は場所の景色そのものである。

室津上 椿原の山奥にある遍路仏は捨て置きにされた無縁仏!!!!


伊奘諾尊が禊ぎをした橘の小戸の中瀬は御崎の阿部さんの家の前。

万葉集 念西 おもふにし
「西」 の場所は本州の最西端である吉母・御崎・室津

万葉集の「玉桙の道」 は室津と吉母を往来する県道である。
吉母の田畑が広がる場所は古代は潟湖(海) だったので、古代の道は山側沿いにあった。

厚母の安養禅寺にある厚母大仏は必ず見学すべき。

万葉集で
綾羅木川の人は「君」
吉母の印内の人は「公」

御崎の渕ヶ谷は「夢谷」
三井(みい) さん、中野さんの家の下から海岸に下りていけば、海辺に大岩があり、海から岩にらせん状の上り場がある。 神功皇后好みの験(げん) をかついで船出と上陸する岩だったとように見える。


忘れられた国 邪馬台国
吉母印内  法林寺、吉母上公会堂 ・・・・ 磐余、佐保
室津上 出合堤のお地蔵さん ・・・・ 素戔嗚尊が八俣大蛇を斬った所
室津上 椿原 ・・・・・ 海石榴市、祝部、八衢の占いの場所

佐賀県の吉野ヶ里遺跡は巨大だが、洞窟がない。
高天原の場所を見つけたい古代史愛好家にとっては、遺跡の大きさ・内容よりも高天原にある天岩窟(天石屋) が所在しているかが重要である。
洞窟がないなら、大きな遺跡でも高天原とは関係ない。
天岩窟(天石屋) は御崎「渕ヶ谷」 の洞窟である。