速吸の門


記紀・万葉の東西南北はどうでもよい。
筑紫と竺紫はどうでもよい。
日向という場所は複数ある。


邪馬台国(倭国) の位置は本州の最西端である
永田郷、吉母、御崎、蓋井島、厚母、室津、黒井のあたり。

速吸の門は永田神社である。
潮の干満を利用した入り浜式製塩が行われていた。

長髄彦は永田郷の人。


吉母
吉母の若宮神社が住吉神社の本宮であり、
若宮神社の南に海神社
 字「大迫」  祭神 大綿津見之命
ここが橘の小戸だろう。

また四宮八幡宮  師宮ともいう。
 字「成久」  祭神 応神天皇 大国主命 保食神
ここが淡海国の楽浪の志賀の韓﨑だろう。
場所は吉母海水浴場の東端、草場川の河口。

音が似ることから、志都 ⇒ 新田 に転訛した。
 字「新田」 は志都 または 神殿である。

応神天皇の父親は住吉神説より、応神天皇が生まれた紫の宇美は住吉神社本宮(吉母の若宮神社) の近くで吉母である。



岩波文庫 日本書紀(四)  P366・368
斉明天皇 7年正月6日

12月24日、天皇難波宮に幸す。
御船西に征きて、始めて海路に就く。
8日に、御船、大伯海(おほくのうみ) に到る。 時に、大田姫皇女、女を産む。 仍りて是の女を名けて、大伯皇女と曰ふ。
14日に、御船、伊予の熟田津の石湯行宮に泊つ。
3月25日に、御船、還りて大津に至る。
磐瀬行宮に居ます。 天皇、此を改めて、名をば長津と曰ふ。
5月9日に、天皇、朝倉橘広庭宮に遷りて居ます。



難波宮  室津
大伯海  永田本町
伊予の熟田津の石湯  吉見温泉