御井


長田王
伊勢の斎宮に遣わされた時、山辺の御井で歌を作る
万葉集
81
山辺の 御井を見がてり 神風の伊勢娘子ども 相見つるかも
83
海の底 沖つ白波 立田山 いつか越えなむ 妹があたり見む
長田王は下関の永田の人であろう。

寧楽宮
84  長皇子 志貴皇子 佐紀
佐紀宮は御崎か
高野原は高天原か
※ 御崎の地元では御崎馬以外の伝説は存在していない。
御崎は海流で暖かい ・・・・ 日向


万葉集
1023
大埼乃 神之小浜者 雖小 百船純毛 過迹云莫国

右大臣橘家に宴せし歌4首
1024  長門守巨曾倍対馬朝臣
長門有 奥津借嶋 奥真経而 吾念君者 千歳
1025
奥真経而 吾乎念流 吾背子者 千年五百歳 有巨勢奴香聞
1026  故豊島采女の歌なり
百磯城乃 大宮人者 今日毛鴨 暇无跡 里尓不出将有

長門(の浦) と 借島
①考 油谷湾 油谷島
②考 永田本町? 蓋井島
③考 角島 ・・・・ 1576 巨曾倍朝臣津島(津の島 ⇒ 角島か)
千歳なので不老不死を表している。
蓋井島北側のヒゼンマユミ群落か。
徳島新聞  2011年11月15日 報道
「 環境省のレッドデータブックで絶滅危惧Ⅰ類に指定されているニシキギ科の希少植物ヒゼンマユミの実に、がん細胞の増殖を抑える効果があることが、徳島文理大学の橋本敏弘教授(生薬学) らのグループの研究で分かった。 」


万葉集1576  巨曾倍朝臣津島
尓 小壮鹿覆起 宇加埿良比 可聞可聞為良久 君故尓

御崎の渕ヶ谷「丸山」 には野生馬がいたという言い伝えがある。
対馬  長崎県の対馬ではない
①考 津の島で角島
②考 対馬は御崎岸の蓋井島、または御崎馬の丸山



伊勢 ⇒ 摂津 ⇒ 平安京
嵯峨天皇 大同4年6月10日
集英社  日本後紀  P489
摂津国をして頓宮を造らしむ。 伊勢の斎内親王の京に帰るを以てなり。

巻末の補注 P1242  によれば、
「  本来ならば伊勢斎王の帰京の経路に摂津国は含まれないが、三代実録元慶5年正月条に退下する識子内親王が大和道より山城国河陽宮を経て摂津国難波海で祓除する旨の官符が両国に下されたことがみえることを勘案するならば、大原内親王も難波で祓除した後に入京したか。 」
と解説されている。


道順が、 伊勢(三重県) ⇒ 摂津国(大阪市) ⇒ 平安京(京都市) である。
紀伊半島南端の潮岬を経て、海路で帰京したのか ??
謎だ。

J R 梅ヶ峠駅の小字が「神ノ前」 ・・・・ 近くに神社はない
東隣に小字「若王子」 「大原」 がある。

「若王子」 は応神天皇 または 菟道稚郎子