杜屋神社  黒井


山口県神社誌 平成10年版  P878  より

由緒  平安時代の『延喜式神名帳』 に、「村屋神社」 と記載されているのが当杜屋(もりや) 神社である。
主祭神  三穂津姫神
日本書紀によれば、
三穂津姫は高皇産霊尊の女で、大国主神(大物主神) の后となる。

当社創建の伝説に、
  筑紫平定を終えた日本武尊が海路穴門国に入ったところ、おおしけに遭った。 その時、亀甲に乗った三穂津姫が現れ、船を毛呂の長浜に導いた。

  仲哀天皇が九州征討のため、海路豊浦宮に行幸された。
この時、穴門の中ツ村毛呂に不思議な霊光が現れた。
この神が三穂津姫で守り屋の神と称したのが本社の起源である。

  『孝徳天皇本紀』 に「白雉元年2月、長浜毛呂里より白雉を獲り献上した」 ので、天皇は守屋の宮に特便を送り礼拝した。



日本書紀の壬申の乱で村屋神が出てくる。

天武天皇上 元年7月
岩波文庫 日本書紀(五)
P100 後ろから3行目
P104 5行目

壬申の乱の場所は下関市の山陰側(秋根~豊浦町~豊北町) だった。