万葉集 耳無の池


万葉集3788
耳無の 池し恨めし 我妹子が 来つつ潜かば 水は涸れなむ

耳無の池は恨めしい。あの娘が来て身を投げたら、水は涸れてほしかったなあ。


この耳無の池は河童伝説がある石原の池である。
河童は川や池に近づいた人や馬を水の中に引きずりこんで食べてしまう。
原始古代の中国には食人の習慣があった。

※ 河童伝説の石原池は埋められて今はない。

この歌の娘子の名は
日本書紀 天武天皇下 8年8月22日
岩波文庫 日本書紀(五)  P154
造忍勝
「縵」 の字が同じである。
万葉集の縵児は天武紀の縵造忍勝の家系であろう。
「縵」 の字は万葉集423 にもある。

天武紀 同ページの
迹見駅家 ・・・・ 有冨の廃業したパチンコ屋の場所に昔、馬場があった。

Google で、【  長登銅山 門司  】 を検索して、そのPDF論文からの引用
天平宝字4年(760) の 『造金堂所解』 に「登美銭司村」 から法華寺まで炭を運んだ際の記録があり、この「登美銭司村」 は現在の奈良県生駒市と大阪府四候畷市の市堺付近に所在した「田原鋳銭司」 と関係する村と理解されている。
この登美銭司村は有かも。
有冨の字 「金鋳ヶ谷」 は昔銅山で、ここで採れた銅を長府鋳銭所まで運んだ言い伝えがある。
門司の大里にも 「金鋳小路」 という字名がある。
下関市の有冨と門司の大里の字地名が共通し、関係あり。

登美の那賀須泥比古は有冨の人


万葉集52
耳無山は青山
畝火山は火の見山
日本の青香具山は長府鋳銭所跡の山 (覚苑寺の山)
藤原京は住吉神社公園の天満宮のあたり


天にある神楽良の小野  万葉集3887、420
①考 下関市の小野 (小野妹子の親類が来た、という言い伝えあり)
②考 福岡県 岡垣町 内浦 (鶉より)
③考 佐世保市 相浦川下流の小野町

佐世保市の水銀鉱は自衛隊駐屯地内の字 「水銀山」 だけでなく、陸上競技場の場所にもあったようだ。

五島の北、小値賀島の東隣に位置する野﨑島には、年々大きくなる「生石」 があり、重要な場所だ。
続日本紀  光仁天皇 宝亀9年12月12日
大隅国の大穴持神の神社は小値賀町 野﨑島の「生石」 と思う。

小値賀島は天智天皇の淡海国の候補地である。