岡垣町  砥石神社


岡垣町史  P1005

所在地  大字吉木字砥石面
祭神  不詳
由緒  『筑前国続風土記附録』 に「砥石宮、トイシメン、石躰也。いかなる神を祭るといふこと詳ならず」 と記している。

吉木早﨑(そうざき) の小高い森の中にあるが、大石を御神体にしている。
昔は藁で覆って見えないようにしていたが、今は短い柱をたて板で囲い屋根を葺いている。
この石には、諸所に何かが刻まれているが、暗いのでハッキリは見えない。
高倉の東田から倉丸・高塚を経てこの早﨑までの丘陵地には、百以上の古墳が並んでいた。
ここの御神体の石もその古墳の石と思われるが、昔からいろいろ神異があるという。


遠賀郡志  P482

砥面神社
祇石(長 四五尺) を神躰とす。
此石土中より掘出せりと云。
三輪氏の旧記に早﨑の西上の高き所の小森の中にあり、
古へ此所に兄弟の者居たり、
互に此石を争ひ遂に刃物を以て切合ひさし違へて死にたる□を埋みし塚早﨑の北側の田の中に2つの疇あり、
然るに此石霊異あり年々成長して今は10人位の大さに至れりと云。

※ 万葉集355 の志都石
生石村主真人の「生石」 とは年々成長する石、の説あり。



遠賀郡誌  P477
大国主神社  手野字山の口
祭神  大国主神
相殿  須佐之男命 大神

高倉末社記に、
大神11月御祭料二段 大手野郷にあり
村の字に大国免といふ所あり
昔の神田なるべし