岡垣町  地誌  


遠賀郡の地誌は 遠賀郡誌 が詳しい。
P411 


吉木は昔郡家があった所という。
続紀で藤原広嗣が遠河郡家で烽火をあげたのは吉木である。

三吉はいにしえ江湾で、浦浜沖片貝菰浦海津片沼津瀬磯原御船などの田字がある。
三吉は熊鰐の旧蹟である。

野間は旧記で沼と書いた。野間は沼の意味。

波津はいにしえはと書いた。
神功皇后が御旗を立てた所なので、旗ノ浦だったが、今は誤って波津浦という。

内浦は鶉浜、鶉村などと書いた。清濁同音だからである。

山田はたいへん大村で、海老津・糠塚・黒山・戸切が属していた。



手野に大国主神社がある。
古事記の 伯岐国の間の山本 か。

汐入川は石川ともいう。 乳垂川、高倉川ともいう。
支流に源十郎川がある。
※ 石川は下照姫(高姫) の歌に出てくる石川片淵である。
岩波文庫 日本書紀(一)  P128




井泉
頓々ノ滝  元松原にある。
「頓」 の字は書紀の瓊瓊杵尊の天孫降臨で、
膂宍の胸副国を、丘から国覓行去りて の「頓」 である。

鶯ノ井
海蔵寺の門前の右坂下にある。
径5尺ばかりの小池であるが清泉である。
「鶯」 と名付けられた由緒はわからない。
ある説に、
助六母生誕の時産湯の水を汲んだ
または
助六の母102歳まで長生きできたのは、常にこの水を飲用した
からという。

神池
波津の大歳神社の南20~30間 境外林中にある。
疾める者が飲めば験がある。
神功皇后が征韓より帰朝した時、この場所で年越しをした。
※ ということは応神天皇が産まれた場所だろう。


遠賀郡誌  P416