向津具の 日吉神社  


<< 作成日時 : 2010/08/28 11:17 >> より転載
大津郡志 より  P110~

日吉神社  向津具村大字向津具上字宮下2248番地

祭神 
大山咋大神

相殿 
国常立尊 国狭槌尊 訶志古泥尊 伊弉冊尊 正哉吾勝々速日天忍穂耳尊 
天津彦穂邇々杵尊 大穴牟遅尊

「訶志」 は古事記の 「筑紫の訶志比宮」 の字である。

合祀
旧御崎神社
祭神は、
大巳貴尊 事代主尊 咩比鞴尊 瑞津比咩尊 高照光姫尊

由緒
聖武天皇の天平年中、大済神社と称し・・・・
桓武天皇の延暦年中、近江国志賀郡日枝山より大山咋神社を勧請し・・・・
当社境内に伝教大師即ち最澄大法師の祠字があり、木造を安置して村民の崇敬するところとなってゐた。

御崎神社由緒
創立年代は明らかではないが、社伝によれば、往古は戸﨑と称する御岬の鼻の﨑嶇たる磯辺に鎮座の由である。・ ・ ・ ・ ・ 向津具総鎮守の神社であった。 安政3年社殿再建、三社並に(八幡宮、天満宮、山王権現をさす)米20石盛立の無心、半方盛立が成った。明治6年11月22日、維新の改革によって、村社日吉神社の摂社となり、さらに39年12月1日発令の神社整理にもとづき本社に合祀した。由来は実に古い社で・・・・

例祭日
10月10日、特別由緒ある祭日、春祭4月10日
合祀御崎神社例祭5月13日、この日には村内は勿論他村よりも参詣し、各自御重を持参して風景絶佳の岬の草原に坐して打ち興じ、日の暮れるのも覚えないといふ盛況であった。 ・ ・ ・ ・ ・

※神功皇后は三韓征伐のとき、雲州日之岬、筑前鏡の岬、長州向津具岬を三柱三神として御祈祷されたと伝えられる(大津郡志)


向津具の総鎮守の神社は御崎神社であった。

油谷町史では御崎神社は、
社殿は近所の戸﨑の磯にあったが、風波をよけて現在地に移転。


船は向津具の川尻岬から朝鮮方面に出航した川尻に着岸した、と考えられている。