藤原広嗣 の乱  細戈  磯輪上


天平12年(740)、大和朝廷に反旗を翻した 藤原広嗣 は岡垣町で挙兵した、小倉北区の板櫃川で官軍と戦った、という。
藤原広嗣の乱の場所は 筑豊と豊前 だった。

遠賀川には直方市と添田町に熊襲の伝承がある。
日本武尊は直方市の福智山の山頂から国見して熊襲の国に行った
添田町の岩穴に熊襲が住んでいた
という。

直方市教育委員会の話によれば、感田の弥生遺跡は古墳時代に入ると忽然と消えたことが謎であるという。

日本書紀 垂仁天皇
天日槍は弟の 知古 に国を任せて来日した。
知古 は直方市の地名である。

岩波文庫 日本書紀(一)  神武天皇   P242末~244
昔、伊奘諾尊、此の国を目けて曰はく、
「 日本は浦安の国、細の千足る国、磯輪上の秀真国 」

飯塚市 立岩遺跡から中細形銅戈の鋳型が出土
糸田町の宮山遺跡・古賀ノ峯遺跡では中形・細形を中心に多量の銅戈が出土

磯輪上の秀真国 とは 田川 ・ 香春 の石灰岩露出地帯である。
※ 川辺や山の岩にも 「磯」 の小字地名が見られる。

田川郡~平尾台~東門司 は石灰岩の露出地帯である。これが磯輪。
磯輪の場所は彦山川の糸田町 ・ 福智町 ・ 田川市伊方 ・ 香春町である。
福智町 金田に 敷島 交差点信号機がある。


福智町 金田の 敷島 は日本発祥の地 !!!!!