投馬国 は高天原


石上振宮の石上を香春の石灰岩地帯とみて、
石上振宮を香春町 ~ 糸田町に比定できた。

田川は古くは高羽と書かれた。天市になる。
投馬国 とは 田川市 ~ 添田町 にあった 高天原 である !!!!!!

がはら ⇒ とうま (投馬)


末盧国 ― 津屋崎の渡 ・ 宮地嶽神社
伊都国 ― 芦屋町の山鹿
投馬国 ― 水行とは遠賀川をヒラタ舟で上ること。
高天原の田川 (高羽) ~ 添田町 が投馬国である。

邪馬台国 ― 木屋瀬まで水行。 木屋瀬から陸行で、遠賀川支流の犬鳴川沿いを通り、靡山を抜けて宗像市に入る。

奴国 ― 小倉南区曽根 (沼、長野)
不弥国 ― 文字 (門司)

狗奴国 ― 熊襲 または つ神。
素戔嗚尊の根の堅州国は和名抄 穂波郡 堅磐郷で、飯塚市の立岩遺跡。
飯塚市 立岩には甕棺文化の首長が居た。
狗奴国男王の居場所は戦闘による損傷した人骨が出土した吉野ヶ里遺跡ともみれる。
筑後川流域も甕棺文化である。
鹿児島県 金峰町の吹上浜 高橋に貝輪の工房があった。
金峰町宮崎から甕棺が出土。
※ 金峰町は2005年に加世田市などと合併して南さつま市になった。


瓊瓊杵尊の 天孫降臨 は、
田川市~添田町の高天原から遠賀川河口の芦屋町 山鹿に降りた

である。 この私論は実際的な見解である。


大任(おおとう)町と赤町の山上境に葛城権現があった。
添田町と赤町との境にある岩石山は吾勝山ともいう。
⇒ 正勝吾勝々速日天之忍穂耳命

山鹿貝塚は出雲。
出雲 (いつも) ⇒ 伊都

神武東征がもしあったとすれば、芦屋町の山鹿から下関市川中に東征したものである。 関門海峡を抑えなければ日本列島を支配できない。


その後の邪馬台国 (九州倭国) は 英彦山の修験道場となった。