五十猛命  山鹿


記紀 ・ 万葉で 「五十」 がつく地名 ・ 人名の場所は芦屋町の山鹿である。
「五十」 は巨大な里をイメージさせるが、魏志倭人伝の伊都国なので、人口がわずか1000余戸である。 

五十猛命  岩波文庫 日本書紀(一) P100、102

木国 は原生林や雑木林でなく、植林の木か松林の場所である。
香具山の鉾椙 (ほこすぎ) も五十猛命が種を播いたものだろう。
紀伊国は忌諱国かもしれない。

和歌山県が木国とされるのは、本当は若山、天稚彦の 稚( = 若)の地、若松山 だからだろう。
少彦名命の「少」 も「わか」 と訓まれる。 例 日の少宮
若松という地名は島郷の総社であった狩尾神社の場所から起こったと思える。


狩尾岬は尾岬とも書かれた。
「栂」の字を手元の漢和辞典(大昔の角川 新字源)で調べると、
器具や建築用材の母体となる木の意を表す
とが。つが。 まつ科の常緑高木。
木目が細かく、器具や建築用材として用途が広い。

万葉集
4266  我能木能  ※ 「都」 の字が使われている。
324  賀乃樹乃
29  樛木乃

907  刀我乃樹能

狩尾岬 ⇒ 尾岬⇒ 木国


芦屋町の山鹿は日本の出発点、神代の所