芦屋町 山鹿は神代之所


万葉集304
大王之 遠乃朝廷跡 蟻通 嶋門乎見者 神代之所

若松区小竹の白山は土地開発がされてないので、埋蔵文化はわからない。
白山神社  小竹 白山
上宮下宮がある。菊理姫、伊奘冉尊、事解男命、速玉男命などを祀る。
古く小嶽山には熊野権現が祀られていた。 ⇒ 素戔嗚尊の熊成峯か。
大鳥居村の村名は当社の大鳥居があったことに由来するといい、蜑住村の祓川は大鳥居を通って当社に向かう参詣人たちが祓えをしたところという。

一応、島郷(若松)でもっとも古い場所は巫女2人の人骨が出土した 山鹿貝塚 である。 山鹿貝塚は万葉集304 に歌われた 神代の所 である。

熊鰐が天石屋の儀式で仲哀天皇一行を出迎えたのは、天石屋が遠賀川河口の崗にあったからだ。

日本書紀 仲哀天皇 8年正月4日
岩波文庫 日本書紀(二)  P130
天皇、即ち五十迹手を美めたまひて、「伊蘇志」 と曰ふ。故、時人、五十迹手の本土を号けて、伊蘇国といふ。今、伊覩といふは訛れるなり。

伊蘇 は外海に面した狩尾の千畳敷、狩尾岬の長磯、それとも洞山の板敷か。
伊蘇国は安屋の磯か。
よくわからない。儺県の橿日宮は芦屋町の柏原かもしれない。
和名抄では宗像郡にも怡土郷があったが、伊蘇国は宗像郡ではないと思う。なぜなら同じく天石屋の儀式で景行天皇一行を出迎えた神夏磯媛は夏井ヶ浜の女に思えるからだ。

遠の朝廷はどこか不明。嶋門の近くだろう。
高須の小字 「彦田」 にも山幸彦に関する言い伝えがある。
大君は大王(おおきみ)か。


狩尾 (かりお) 神社   芦屋町山鹿
古くは島郷の総社だったという。
大己貴命 (大国主命) は石清水(男山)の地主神という。
境内社に、多賀社 ・ 八幡社 ・ 大倉主社 ・ 塩竃社などがあった。

石清水という場所は男山とされる。女山も近くにあるのか。
万葉集の妹背山は狩尾神社のあたりか。

妹山 ・ 背山が並んであるなら二上 になり、筑紫日向のくしふる峯 は狩尾神社のあたりになる。

石清水 = 紫君 石井
     = 万葉集の 石走る 垂水の水




※ 参照  「 福岡県の地名 」  平凡社の地名辞典 日本歴史地名大系41