雄略天皇の吉野宮は若松区  竜光の滝


筑紫日向の高千穂宮は北九州市若松区の安屋 (あんや) である。
※ その後の考察で、芦屋町の狩尾 (かりお) が有力な場所とみた。

万葉集304 の島門は安屋。 遠の朝廷も安屋だろう。

海幸彦 ・ 山幸彦の物語の場所も若松である。

姫 ・ 依姫は若松の対岸に位置する下関市山陰側の湯 ・ 矢の人で、土井ヶ浜遺跡から鵜を抱いた壮年女性の人骨が出土している。
土井ヶ浜遺跡では潜水漁による耳タコがある人骨が多く、また玉である貝製品が作られていた。

水巻町に近い日峰山に、瓊瓊杵尊が子の山幸彦を探してここに来た、または山幸彦が失くした釣針を探してここに来た、という言い伝えがある。鹿児島県 ・ 宮崎県でなく遠賀川の下流に言い伝えが残る。
薩摩隼人は若松区 安屋の人たちである。

万葉集
248  隼人の薩麻の迫門
960  隼人の湍門の磐
は若松区の安屋のあたり。

焼酎の名前になっている 「薩摩白波」 の本当の場所は
若松の安屋~有毛 の白浪である。千畳敷と呼ばれる岩礁である。

年魚走 芳野の滝小竹の鮎川 または 小石の竜光の滝

雄略天皇が死んで陵に葬られた時、隼人が泣き死んだ。
吉野と隼人の居住地は近い。

淡海の韓帒は雄略天皇に猪鹿がたくさんいますと言って狩りを勧めた。
淡海と吉野は場所が近い。

古事記 三重の采女 の歌から、吉野と伊勢も場所が近い。
伊勢国も安屋か岩屋のあたりだ。

安屋の海辺に朝鮮山がある。
逆水川の中ほどに古来涸れたことがない位坊淵(いぼうぶち)がある。
安屋の人家の上手に城山と呼ばれる謎の堀切り跡がある。


日本書紀 天智天皇 10年12月3日
時に童謡(わざうた)して曰はく、
み吉野の 吉野の鮎 鮎こそは 傍(しまへ)も良き
え苦しゑ 水葱の下 芹の下 吾は苦しゑ

吉野は傍にある。
この島は若松区の島郷です。

Yahoo地図で、若戸自動車学校 の西の川の上流に 出雲大社 がある。
ここが雲居の場所だ。