宇久島の方言


長崎県立図書館の蔵書検索 で、宇久島、小値賀島の古代に関する本はないか調べたところ、『 宇久方言で「魏志倭人伝」を読む 』 があった。月川雄次郎 という方が書かれた郷土史本で、平成9年9月の発行である。

さっそく入手して何が書いてあるか読んでみると、

宇久島から対馬に渡るには、夕方島の西の海に船を出し、エンジンを止めておくと、一晩の内に対馬の到着するといわれている。

宇久島の方言は日本語の起源を解明する最も重要な方言である。

従来の国語や言語学の研究はすべて古事記、万葉集以後の古典の研究に終始し、それ以前の日本語の原形が地方の方言に残っていることに全く無関心である。宇久方言の子音音節または閉音節は日本語の原形を示す唯一の資料である 。

宇久方言には朝鮮語の語彙はないが、漢字の字音語がとても多く、その発音は朝鮮語に近い。宇久島では西暦紀元前から漢字が導入されていたとみれる。日本語は関西で生まれたものではなく、朝鮮訛りの字音語を取り入れた宇久方言がルーツである。宇久方言を調べることによって現代語の語源までわかる。
日本語の研究をされる方は、まず宇久方言の研究をされることをお勧めする。

といった内容である。

宇久島には漢字の言葉がとても多い。
たとえば、
「おやおや」は宇久島方言で「おしゃん」であり、「大思案」から
「さよなら」は宇久島方言で「ざとえ」であり、「坐遠へ」から
「追いつく」は宇久島方言で「えとづく」といい、「追到着く」
宇久島の言葉「あとと」を漢字で書くと「嗚呼尊」
これらが朝鮮風の発音でしゃべられている。
漢字の熟語が日本語になり、発音は朝鮮風だという。

共通語の「よちよち歩く」は「幼稚・幼稚」から。日本語の語源に漢字がある。

倭人は朝鮮半島の市場とも取引していたし、伊都国には中国の役人も駐在していたのだから、魏志倭人伝の倭には漢字が地名をはじめ普及していた。漢字は朝鮮風で発音され、宇久島方言になった。通説のように漢字は西暦400年代に伝来したとみる説は誤りである。伽倻国の時代から漢字が伝来し、北部九州と伽倻は連合国だった。 ※ 伽倻は任那の古称

「卑狗」は副で 副官
「卑奴母離」は 船守 または 鄙守

「周施すること5千余里可りなり」 は瀬戸内海の状態

弥生時代の人口分布から、
邪馬台国は畿内
投馬国は島根県出雲地方

と著者は語る。
高天原は「高ハンパル」が語源で、場所は朝鮮だという。