筑紫 と 淡海


万葉集
304 
大王之 遠乃朝廷跡 蟻通 嶋門乎見者 神代之所念

1287
青角髪 依網原 人相鴨 石走 淡海縣 物語


記紀の神代は対馬の上県郡。

佐賀宗形宮(峰町 1267年 八幡宮文書)
長崎県の地名 平凡社  P951下 


嶋王(斯麻王
武烈紀 4年  岩波文庫 日本書紀(三) P156

各羅の「各」を手元にある古い漢和辞典(角川 新字源)で引くと、
神霊などがくだる意と口(場所の意)からなり、いたりつく意を表す。
形声字の音符で「」の意がある。
対馬の北端、鰐浦と豊の間に「落土」「嶋浦」がある。ここが各羅。

武烈天皇の都は銀郷にあり、銀郷より銀山が多い対馬である。
銀郷は上県町 佐護銀山か厳原町佐須川流域だろう。佐護が出雲とみた。
武烈天皇の都は 泊瀬列城宮 で、通説では桜井市初瀬町出雲とされる。私見では武烈紀の銀郷より対馬 上県町 佐護。

出雲(国つ神の都)=淡海 で、場所は佐護である。
佐護の「湊」は朝鮮半島に渡海する拠点だった。