再び 出雲 淡海


佐世保で大穴といえば須佐神社の大洞窟 ― 大穴牟遅
佐世保は霧が多い ― 出雲

万葉集1287  石走 淡海 ― 山


1310
雲隠 子嶋神之 恐者 目間 心間哉
1454
波上従 所見兒嶋之 雲隠 穴気衝之 相別去者

小島町 ?
佐世保港の丸瀬 ?


やっぱり天智天皇の淡海国の大津宮は朝鮮出兵を考えて、アメリカ海軍基地がある軍港に最適な光海中学のあたりである。
白村江の戦いを軍事学・地政学・戦争学の視点から考察すれば、淡海の大津は佐世保の軍港がある場所である。
邪馬台国自体が渡海に最も有利な場所(平戸~佐世保)にあったとみるのが正解だ。
代々王あり、の伊都国は戸数がわずか千余戸なので、関西や福岡県の大型遺跡の場所ではない。


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昔の大蛇島、小蛇島、立神岬の地勢を知る。