佐世保市 福石 ( ふくし )


昔の福石村
福石町 稲荷町 大宮町 東山町 大黒町 干尽(ひづくし)町 若葉町 潮見町 白南風(しらはえ)町 須田尾町 藤原町 山祇(やまづみ)町 木風(きかぜ)町 大和町

福石川の河口は江戸後期の干拓による。
塩浜の地名がある。
山祇に道祖神が祀られていた ⇒ 猿田彦
茶屋坂は難所
清岩寺に龍神洞窟遺跡がある。

筑紫は福石村かもしれない。
「つくし」は干尽(ひつくし)町か。
﨑辺免に小字「子尽」(しづくし)がある。



万葉集870
毛毛可斯母 由加奴麻都良遅 家布由伎弖 阿須波吉奈武遠 奈尓可佐夜礼留
百日しも 行かぬ松浦道 今日行きて 明日は来なむを 何か障れる

天平2年(730)年7月11日、筑前の国司 山上憶良謹んで奉ります。

(現代訳)
百日間もかかって行く距離でもない松浦への道は、今日行って明日は還って来られるのに、何の支障があるというのでしょう。
(解説)
筑前国府のあった大宰府から松浦までは徒歩で 1日 2日 の距離
100日もかかる旅ならともかく、今日明日のうちに往復できる松浦川へ、どうして私は行くことができないのかと嘆く。
※ 岩波書店 新日本古典文学大系 萬葉集(一) より引用

「福岡の太宰府市から唐津市の松浦へ徒歩で 1日 2日 の距離」 はおかしい。
遠過ぎて無理である。
現在の舗装道路を鉄人トライアスロン選手が走って2日。
原始古代の山道は雨で道が崩れているし、草ぼうぼうだし、熊や狼がいるし、福岡の太宰府市から唐津市松浦へ 1日 2日 で行く(往復する)のは絶対に無理である。たとえ実行できたとしても疲れ果てて、1か月は休養が必要だ。
岩波 萬葉集の解説では「馬に乗って行く」ではなく、「徒歩で」とある。