漢委奴国王 4
阿東町の嘉年(かね)の地名由来の一つに阿武川の源流だから「川根」が転じてカネになった説がある。
「根」という言葉は川の源流地・水源地をいう見方があるようだ。
漢委奴国王の「漢」の字は中国の漢水、韓国の漢江のように「川」を表す。
漢委奴国王は、カ ワ ナ ( ) 国 とよむ。
漢委奴国の位置は、
①考 九州の極南界で、万之瀬川の「川辺」(かわなべ)
②考 倭国(山口県)の極南界で、下関の「川中」
③考 倭国の首都で阿東町の「川根」(嘉年)
後漢の光武帝から金印を授かった記述が記紀にないことから、金印は国津神のものだろう。
天津神の倭国は中国南方系(呉系)である。
私見では下関市の稗田地蔵堂遺跡から漢の馬車の蓋弓帽が出土しているので、金印を下賜された者と同一人物と思う。
「漢」を切り離して、漢の倭の奴の国王 や 漢の委奴国王 とよむのは幼稚なよみ方だ。
「漢」は川を表し、川○○国王 とよむべきだ。
「漢」の字は水無川を表すとみれば、
④考 秋吉台のカルスト台地の地下を流れる伏流水
⑤考 阿東町嘉年の山田川は「入戸」(いると)の鍾乳洞から川水全部が吸い込まれ「出戸」(いづと)から水が噴き出す。
⑥ 須佐町高山の風穴の下を流れる伏流水
⑦ 福岡県田川郡糸田町の泌泉
が漢委奴国の候補地になる。
「根」という言葉は川の源流地・水源地をいう見方があるようだ。
漢委奴国王の「漢」の字は中国の漢水、韓国の漢江のように「川」を表す。
漢委奴国王は、カ ワ ナ ( ) 国 とよむ。
漢委奴国の位置は、
①考 九州の極南界で、万之瀬川の「川辺」(かわなべ)
②考 倭国(山口県)の極南界で、下関の「川中」
③考 倭国の首都で阿東町の「川根」(嘉年)
後漢の光武帝から金印を授かった記述が記紀にないことから、金印は国津神のものだろう。
天津神の倭国は中国南方系(呉系)である。
私見では下関市の稗田地蔵堂遺跡から漢の馬車の蓋弓帽が出土しているので、金印を下賜された者と同一人物と思う。
「漢」を切り離して、漢の倭の奴の国王 や 漢の委奴国王 とよむのは幼稚なよみ方だ。
「漢」は川を表し、川○○国王 とよむべきだ。
「漢」の字は水無川を表すとみれば、
④考 秋吉台のカルスト台地の地下を流れる伏流水
⑤考 阿東町嘉年の山田川は「入戸」(いると)の鍾乳洞から川水全部が吸い込まれ「出戸」(いづと)から水が噴き出す。
⑥ 須佐町高山の風穴の下を流れる伏流水
⑦ 福岡県田川郡糸田町の泌泉
が漢委奴国の候補地になる。