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zoom RSS 河内国は福江、出雲国は福江大塚

<<   作成日時 : 2017/04/05 21:52   >>

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常陸国風土記の河内郡=記紀・万葉の河内国
河内国は大阪府ではなく下関市安岡・福江である。

崇神天皇は河内に溜池を何か所も造った。
桑間宮 文庫書記@302‐11 福江の字「桑」
  ↓
応神紀 桑津邑 文庫書記A200‐7
福江の字「天神」 か。

福江の馬渡川は大内川ともいう。 大内=内裏 の意味。

安岡ポンプ場 → 野村病院 を流れる川 竹内川 竹内宿禰か

江(あふみ) 福江は「近江」 でもある。
百済大寺 皇極紀 文庫書記C196‐6 
越(高志)、 は船越、近江は福江。

百済大寺、百済大井の候補地
 福江大塚の字「王仁」
 安岡上げの玄空寺
 横野町1丁目の水路沿い

福江の地名由来は福江与三左エ門伝説による。
『やすおか史誌』 P795 〈注〉@ に
宗広らは常陸よりの落人という。
とあり、常陸の人が登場する。

福江与三左エ門は福江の農免道路脇の流水庵に住んでいた。
河内国渋川郡に宅があった物部守屋だろう。

福江大塚の小字「王仁」 は「応神」 とも記す。
応神天皇の5世の孫で近江・越国から来た継体天皇は船越の人である。
常陸国風土記の高向大夫は船越の人である。


大己貴神を祀る神社
安岡八幡宮
河内神社 船越、吉見竜王町。 龍王神社の境内に移転。

福江の大塚 1999番地 小川さん宅の北 小字「巴キ」(わき)

常陸国風土記 久慈郡 賀比礼の高峰 の立速男命は根の堅州国の素戔嗚尊で龍王神社の上宮。

黄泉の比良坂は農免道路脇の千石岩

古宿(こずく) の どさん子ラーメン店がある所に昔あった龍王神社 下宮(浜宮) は大国主命の出雲大社であり、万葉集1065 の三犬女乃浦。

福江大塚の新免川または船越川は万葉集2002 の天漢(あまのがわ)。

越の八俣大蛇=日本武尊 近江の五十葺山 大蛇
古事記では白猪。 白い動物は神仙境の生き物である。
船越の中川さん宅の押入れに白蛇がいた。

居醒泉は中川さん宅横の「清水川」 という湧水池である。
藤原清河はここの人だ。
清水川は藤原池か。 清水川から夏至 日の出を見れば竜王山の頂から上る。

船越の地勢は天子南面で風水の吉祥地である。
船越の字「赤松ヶ尾」 は仙人の「赤松子」 によるか。

播磨国風土記 讃容郡
丸部の具 仲川の人 ・・・ 船越の中川さん宅
弥加都岐原 清水 執政大臣の女 ・・・ 清水川

河内の国 免寸の村人
「免寸」 は仁徳記 「枯野という船」 の免寸河。 この「河内の国」 は吉母 大河原の河内社だろうから、巨樹は吉母の大河原にあった。 穴門館、河内馬飼は吉母の大河原。


『やすおか史誌』 P47
観音岬古墳 (横野) 前方後円墳
八貫古墳 (福江林) 円墳1、金環、土器

長仙古墳の「長仙」 は身長が高い葛城一言主を連想させる。 来目水か。

福江・安岡の境 農免道路脇 細川ふとん店近くにある役行者像は
1200年前からあると地元で伝わる。 山際の小字「山王」。


上記で常陸国風土記の久慈郡を吉見下としたが無理があるように思える。

鯨形の丘は有冨墓地上の尾根、または有冨 大年池西側の小丘とも思える。

常陸国は綾羅木川の北岸で、福江・吉見・永田の海沿岸ではない。
しかし下関の郷土史本を読むと、そう断言はできない。


角川ソフィア文庫 『風土記 上』
常陸国風土記
(現代語訳)
久慈郡
「慈」 を大型漢和辞典で調べると母の幼子に対する愛情、幼子を育てる親心。
豊浦町の厚母、吉見の乳母屋社(当初吉母にあったという) が連想される。

P90‐末行
そこの切り立った岩壁は、形が一枚岩のようで、黄色く階段を掘ってある
石の「階段」 がある所は毘沙ノ鼻 畳石
(参照) 『吉母「胞塚」 伝説』 福本上(のぼる) 著 P10

P92‐15
ここ(太田の里) から北の方角に都の里がある。
大型漢和辞典で「薩」 の字を調べると仏教の漢字である。

P94‐4
助川は綾羅木川か。 下関市立考古博物館 正門前の坂道 字「助三」


多珂郡
P94‐末行
陸奥国の石城郡の苦麻の村を道後とした。
「石城」 の地形
石原の砕石場 字「壁石」
毘沙ノ鼻・御崎の断崖海岸

「道後」
・応神紀 文庫書記A202‐7 日向の髪長媛 歌謡
道の後 古破儴嬢女(こはだをとめ
・伊予の道後温泉

高向大夫
「纏向」 と「高向」 は表記が似ている。

「多珂」 と「多賀」 は似る。
古事記 伊耶那岐の大神は、淡路の多賀にまします。

P96‐1
国守が川原宿禰黒麻呂であった時に、観世音菩薩の像を彫って造った。

『よしみ史誌』 P716
毘沙ノ鼻は海上保安庁水路部調製の海図には観音岬と記してある。

吉母の大河原・御崎の空海伝説、室津のお遍路道は吉母・御崎・室津が仏教が栄えた地であった名残である。

『やすおか史誌』 P614 玄空寺
宝物 紫雲山十一面観世音菩薩木造 1尺1寸 縁起によると、安岡観音岬に、もと紫雲山東福寺という寺があって、その境域を紫野と呼んでいた。 この寺の本尊であった観世音菩薩は正徳4年(1714) 7月 紫野の海中より現じ給うたと伝えられ ...

下関市立考古博物館がある字「岡」 の南隣 字「石仏」

常陸国多珂郡では碁石を産する。 8世紀初頭の常陸国では碁が盛んだった。
下関市域で碁石を産していた場所は筋ヶ浜

大坪・武久 地誌
http://44051510.at.webry.info/201211/article_42.html

ネットの国土地理院地図で御崎を見れば、室津側に「斑石」 がある。
蓋井島の岩門、斑岩も奇観の石として有名である。





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