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zoom RSS 新説 三韓征伐

<<   作成日時 : 2017/03/20 04:27   >>

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新説 神功皇后の三韓征伐
万葉集366 角賀 下関市豊浦町 吉永 構造船の祭祀土器
田道間守 吉永の田島
渟田門 吉永の野田
若狭国 魚が酒に酔ったように浮いて口パクパク 涌田(わいた) の海岸

穴門豊浦宮 吉母の大河原。 海岸部 浅い岩場が広がる
万葉集304 筑紫国の嶋門=都怒我阿羅斯等の嶋浦 吉母漁港 
遠朝廷 吉母の若宮神社あたり
筑紫君の磐井 吉母 字「石井迫」
周防の佐波 吉母浜埋葬遺跡
筑後の大三輪社 吉母 字「成久」 四宮八幡宮

新羅国の王の門前に置いた矛 小倉南区 重留遺跡


都怒我阿羅斯等
都怒我阿羅斯等 額(ぬか)に角有ひたる人
神功皇后の母 葛城高媛 「顙」 (ぬか)は 頭の ひたい

高志 黒井か
出雲国 福江の大塚、船越
出雲大社 龍王神社の下宮(浜宮) 古宿の七曲にあった。

纏向 有冨古墳 「纏」 は風水の用字
倭は 国のまほらま 畳づく 青垣 山籠れる 倭し麗し
「畳づく 青垣」 は風水の表現。 有冨上は風水の都

万葉集 筑前の志賀島の製塩 志賀島は吉母の黒嶋
辛人・辛の埼  塩辛い。 関西系の佐伯部が製塩

吉母の黒嶋は蓬莱山で、吉母漁港は神楽浪
吉母漁港は黒嶋があるため波風が穏やか。
吉母漁港が「さざなみの里」 である。

吉母漁港に宗像さん宅がある。 昔から住んでいる人である。

吉母の字「東条」 胞塚 江浦(つくも)堂
『吉母(汀の里)の歴史』 蔵田正彦 著 P69 近江浦堂
応神天皇は西光寺の北 「平松」 で産まれたと伝わる。
近つ淡海、遠つ淡海だけでなく「近江」 は何か所もあるようだ。

整然とした行政地名ではないので自分なりに地名場所のカラクリを解明する。

九十九と書いて「つくも」 とは?
ttp://www.kumamotokokufu-h.ed.jp/kokufu/math/math_8.html


高志
A案
土井ヶ浜人類学ミュージアム裏門の川 沼川 高志国の沼河比売
高志の前 角島
渟田門 酒 『油谷町史』 P147 伊上 鴨野海中出土の須恵器甕

B案
思いつき 豊浦町吉永の地名「野田むた」 は渟田(沼田) を思わせる。
高志は黒井、または川棚



風土記 逸文 任那は魚の産地
  ↓
涌田漁港


海幸彦・山幸彦、浦島太郎
  ↓
吉母漁港 昔は鯛の一本釣り漁の地 朝鮮まで出漁





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