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<<   作成日時 : 2017/03/30 01:55   >>

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3月25日 小倉南生涯学習センター

私見
城野遺跡 小倉南区
西は死滅 朱の石棺
東は誕生 勾玉(胎児の形)の埋納
南の窪地・溝地 朱雀
重留銅矛の埋納地 風水の案山
重留銅矛は天日矛か

潤地頭給遺跡 糸島
西は酉で金 内向花文鏡(デザインは陰陽五行) の埋納
東は若い生命力 玉作り工房
南の大溝 朱雀
南南東は巳 巳は「祀」 の つくり 祭祀


通説  九大 岩永先生
風水・陰陽五行などは飛鳥時代または奈良時代からで弥生時代にはない。
私見
仏教が入ってくるまで日本で支配的だった文化思想は神仙思想であり、神仙思想は中国思想の風水、陰陽五行、桃源郷、仙人、蓬莱山、道家、老子などである。 老子は無為(何もしない) を説いた。 日本書紀の道臣の「道」 は老子の教えである。

方格規矩四神鏡 (ほうかくきくししんきょう)
ttp://www.kyohaku.go.jp/jp/dictio/kouko/houkaku.html


下関市 朱
下有冨古墳
『川中風土記』 によれば、昭和15年ごろ住民が古墳をあばいたら朱塗の石棺と勾玉などが出た。 市の文化財保護課(澤下さん他) は考古資料にならないとする。 北九州市埋文の佐藤さんは「朱色はベンガラかもしれない」 という。 詳しい調査はされてない。

塚の原遺跡
ホームワイド裏の台地上で朱を作るL字形石杵が出土。 かなり使い込んだもので完成度は高い。 弥生後期。

直線上に並ぶ
竹生寺(妙見社)―塚ノ原遺跡の L字形石杵が出土した地点―秋根神社(秋根古墳)―椋野の妙見山―門司の風師山
  ↓
この西偏6°が「南北線」 として扱われていた。
「東西線」 は梶栗浜遺跡と有冨ハンドウ山登山口を結ぶ線である。

続日本紀の都は有冨の大年池堤防の破れ小屋あたり。
春日山田皇女は岩谷さん宅前のトラクター、コンバインをしまう小屋あたり。
老子の「無為」 思想なので目立つ物的証拠がない。
安河はハンドウ山登山口付近にある溝を掘った跡で水無し川。


吉田八幡宮
朱塗の石棺、仿製の内行花文鏡
私見は、内向花文鏡のデザインは方位に関する。
吉田八幡宮は有冨のハンドウ山登山口から方位磁石 西偏7°で寅(東北東) の方位である。
※ ハンドウ山登山口付近または竹生寺を基点として方位を見る。

『豊浦町史』 によれば、室津の甲山、黒井の八ヶ浜で朱が入った壺を拾った人がいる。





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