邪馬台国 下関

アクセスカウンタ

zoom RSS 城野石棺を読み解く

<<   作成日時 : 2017/02/08 04:58   >>

トラックバック 0 / コメント 0


重留銅矛 記紀神話と照合
文庫書紀@120-5
乃ち国平けし時に杖けりし広矛を以て、二の神に授りて曰はく、「吾此の矛を以て、卒に功治せること有り。

常陸国風土記 信太の郡
伊川  門司区伊川 白山神社
普都の大神

出雲 雲に覆われる足立山 霧ヶ丘
小倉北区 大畠は雨の日の濃霧がすごい。

城野石棺の子供2人
 事代主命 絵画は白雲に乗った普都大神
 建御名方命 玉造工房

城野遺跡の現地保存をすすめる会
城野石棺移築記念シンポジウム
ttp://ameblo.jp/jounoiseki/entry-12244823342.html
ttp://ameblo.jp/jounoiseki/entry-12239391364.html
朱の石棺に葬られた子供2人は4才ぐらい。
  ↓
記紀の事代主命・建御名方命ではない。 「出雲」 と断定できない。

玉造工房 古事記の櫛矢玉神か。


考古学
下屋敷遺跡(小倉城 ) の内向花文鏡≒下関市 稗田地蔵堂遺跡の鏡
  ↓
下関市の竹生山(325.2 m) の山頂から小倉城を見る方向ドンピシャに稗田地蔵堂遺跡がある。 下関市の竹生山 山頂と小倉城を結ぶ線上に稗田地蔵堂遺跡がある!
直線 竹生山の山頂 ― 稗田地蔵堂遺跡 ― 小倉城(下屋敷遺跡)

城野石棺、重留銅矛から大国主命の出雲は島根県出雲ではなく北九州市小倉南区 城野か。
  ↓
併せて問題は高天原はどこか?
下関市立考古博物館は腰が重い。

「北部九州」 の地域圏には山口県下関市が含まれる。
邪馬台国九州説は下関市域を含む。

後漢書 倭伝
女王国より、海を度ること千余里、奴国に至る。 皆倭種なりといえども、女王に属せず。
方向がちがうが拘奴国は小倉の城野か。


『風土記』 小学館 新編日本古典文学全集 5
私見
最近 常陸国は下関市有冨と見る。
以前 常陸国は門司区の周防灘沿岸〜小倉南区と見ていた。

355-最後の行  筑波岳は足立山である。 竹馬川が流れる。
359-4  小泊瀬山の石城  苅田町の小波瀬 と 高城山

359-後ろから2行目  「駿河の国 福慈の岳」 は直方市の福地山
363-最後の行  「白壁の郡」 門司区恒見の石灰岩砕石場

365-8  伊川  門司区 伊川
普都大神は伊川の神である。

367-4  浮島  曽根の浮島神社
ttp://44051510.at.webry.info/201402/article_52.html
367-6  塩を火きて  勝円遺跡
377-6  曽尼  小倉南区 曽根

359-後ろから3行目 神祖(みおや) の尊
  ↓
御祖神社 みおやじんじゃ
妙見山北西麓に鎮座
祭神は造化三神  天御中主尊 高皇産霊神 神皇産霊神
和気氏の祖先の神鐸石別命 和気清麻呂
寛政7年(1795) 小倉藩第5代藩主小笠原忠苗が山頂の妙見社に参詣したとき、土中から中国南宋産湖州鏡ほか9面を発掘。

私見
南宋(1127〜1279年) は万葉集とは時代がちがうが、妙見山は鏡山か。
小倉北区 富野の須賀神社では 足立山=鏡山 とする。


下関で天御中主尊を祭る神社
有冨上八幡宮の末社 天御中主神社 (明治末に川北神社に合祀され消滅)
垢田八幡宮 鼻ヅラ海岸の黒ア妙見
室津 若宮神社の相殿

下関で朱が出土した所
下有冨石棺 「川中風土記」 P23 昭和15年頃、住民が棺を開ける。
石原156番地(ホームワイド裏の台地) 朱の精製跡 L字状石杵が出土
吉田八幡宮 石棺
室津の甲山 朱壺
http://44051510.at.webry.info/201304/article_35.html

私見
城野石棺の朱が作られた場所はL字状石杵が出土した石原156番地である。


『おもしろ地名 北九州事典』 増補総集版 文理閣
P77
熊本・同志通り
企救郡誌に、熊本 は「往古この村人は土器を作るを家業とす。 今にその子孫在りて瓦を作る」 とある。
  ↓
土師氏の祖、出雲の野見宿祢

P91
手向山 万葉集
P95
富野 熊鰐伝説あり 


『福岡県の地名』 平凡社 日本歴史地名大系
P1234中 
萩ア村 (萩ア町、明和町、三萩野 1丁目) は博士(陰陽師)、占者が住んでいたので八卦アと称していたのが転訛したものという。 現在も陰陽師の子孫が住む。
萩ア町、三萩野は易者の地、卜占の地だった。
  ↓
事代主命
神吾田鹿葦津姫

萩ア村の村はずれに在方の科者を留置する揚屋(未刑囚を入れる所) があった。
万葉集427 刑部垂麻呂 赤坂の手向山

P1239上
白髭神社  小倉南区 蜷田若園 1丁目
菅原道真が大宰府左遷のとき当社に詣でて大田命を合祀したと伝える。
祭神  猿田毘古神 天児屋根命 天宇受売命 布刀玉命
由緒  高千穂峰に降臨した邇邇芸命に協力して天宇受女命が宮所を求め、当地の丘にしばらくとどまったという。


筑紫日向の高千穂宮は小倉北区か
二上の山 足立山(霧ヶ岳・妙見山)
竹嶋、「筑」紫 の竹は神岳
浮渚在平地 文庫書紀@142-11 曽根の浮島
豊国の宇沙 宇佐町


浮島、製塩
北九州市 小倉南区曽根の浮津島神社  荒神森古墳
ttp://kitaqare.d.dooo.jp/tens18.htm
ttp://www.geocities.jp/kikunosato2005/sub13.html

北九州市の古代製塩
浜田遺跡  製塩遺跡  若松区小竹 「脇ノ浦」 

貫遺跡  縄文晩期に朝鮮半島と交流
勝円遺跡   製塩遺跡  南曽根中学

P1207下
「 周防灘に面する勝円遺跡で8世紀後半−9世紀前半の煎熬用の甕が大量に出土、製塩遺跡と知られた 」
  ↓
常陸国風土記に書かれた浮島の製塩は北九州市小倉南区曽根である。


参照
北九州市 埋蔵文化財調査室 
http://www.kicpac.org/bunkazai/main.html 
卑弥呼がもらった鏡
http://yamatai.cside.com/katudou/kiroku288.htm




テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

城野石棺を読み解く 邪馬台国 下関/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる