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zoom RSS 無文銀銭を解明する

<<   作成日時 : 2017/02/06 07:49   >>

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万葉集1024
長門有 奥津借嶋 奥真経而 吾念君者 千歳尓母我母
長門守 巨曾部対馬朝臣

万葉集1576 長門守 巨曾倍朝臣津嶋

漢和辞典で「」 をひくと2つに分かれる意味なので、馬=島。
」 は楽器の鐘を掛ける台座の柱のさま。

「長門」 は山口県ではない。
「長門」 の場所は下関市有冨 ハンドウ山の登山道である。

山口県の「山口」 の場所はハンドウ山の登山口周辺 ・・・ 古事記祝詞
『古事記 祝詞』 日本古典文学大系 1 岩波書店 1958年
P399-6
倭の國の6つの御縣の、山の口に坐す皇神等の前にも
注九 上記6つの御県にある山の入口にいる神。 これを誤字とする説があるが、下文に「山山の口より」 とあるので、山口に坐す皇神であることが知られる。
  ↓
下関市有冨 ハンドウ山の登山口周辺の人たちが皇神
儀万、岩谷、中村、白井、大賀、重岡の各家々


巨曾部の「コソ」
「社」 の読み コソ
金コソ
呉の都 「コソ」
麦の古語

(参照)
『山口県地名考』 高橋文雄 著 昭和53年
P128 徳地町 小古祖


社戸臣(こそへのおみ) 大口 文庫書記D94-11


「嶋」 は海上の島ではなく「陸の孤島」 の意味。
「対馬」 玄海灘の対馬ではなくてハンドウ山の奥にあった。
「対馬下県」 の場所はハンドウ山の最奥部

青丹吉 平山、青丹吉 常山 ・・・ ハンドウ山の頂から行く平たい尾根
平城京、奈良もハンドウ山の奥へ行った所にあった。

雲の上の人、仙人が霞を食って生きている。
その場所は有冨墓地の上、大迫池の上の尾根の場所。
山並が曲がって窪んでいるので雲が湧く所だ。
春は山桜が咲く桃源郷であり中国神仙思想の地である。


『仙境往来』 田中文雄 著 春秋社 2002年
『桃源郷』 川合康二 著  講談社選書メチエ 2013年

『奇景の図像学』 中野美代子 著 1996年
発行 角川春樹事務所 発売 紀伊國屋書店

「桃源郷をめぐる風水 ― 竪坑と井戸と天井」 P203〜223


私は山師
「対馬の銀」 は玄海灘の対馬でなくハンドウ山の平たい尾根にある鉱脈だろう。
古事記の銀王の地、武烈紀の銀郷はハンドウ山の尾根を奥まで行った所にある。

聖地になる極点は曲がり角で地形が大きく曲がっている所 − 有冨墓地の東側
南の朱雀(鳳凰) 火の山 頂上がとんがった円錐形 − 伊倉の火の見山 


ひさかたの 天の香山 ハンドウ山

倭は 国のまほろば  倭(やまと) は下関市有冨上
たたなづく 青垣
山隠れる 倭し 美し

命の全けむ人は
畳薦 平群の山  ハンドウ山の頂から行く平たい尾根
熊白檮が葉を
髺華に挿せ その子

はしけやし 吾家の方よ 雲居起ち来も

万葉集3843
何所曾 真朱穿岳 薦疊 平群乃阿曾我 鼻上乎穿礼
  ↓
平群氏は真朱を採掘している。


前方後円墳の造形
後円部 下関市有冨のハンドウ山 天の香山
前方部 ハンドウ山の頂から行く平たい尾根 平群の山


参照
「無 文 銀 銭」 その成立と変遷
http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/kaiho110/kai11002.html





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