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zoom RSS 日下(くさか) 綾羅木郷遺跡

<<   作成日時 : 2017/02/22 02:47   >>

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『新版 古事記』 角川ソフィア文庫 平成21年
雄略記
引田部赤猪子
引田部赤猪子は御諸山の住人なので綾羅木の引田ではない。
「御諸」 の表記は風水の龍脈を表し、御諸山は有冨ハンドウ山とその尾根である。

有冨ハンドウ山 登山口にある幅20センチのちょろちょろの用水路が引田の美和河であり、赤猪子の住所はハンドウ山 登山道入口の横に設置されたイノシシの箱罠がある場所である。 赤猪子は高貴な巫女であり独身であるから魏志倭人伝の卑弥呼に通じる。

引田部赤猪子
雄略紀 童女君
常陸国風土記 那賀郡 茨城里 「神の子」
竹取物語 かぐや姫
卑弥呼
は話が似ているので、みな同じ場所である。

有冨 ハンドウ山の登山口は祝詞の「山の口に坐す皇神等」 の場所である。


歌謡番号94
雄略天皇の宮は 日下江の入り江の蓮 近くにある。
綾羅木389番地の福川均さん宅に泊瀬朝倉宮があったと見たい。

雄略天皇陵は綾羅木郷遺跡内 字「惣八」 "マムシに注意" の立て札が立つ所
根拠 多治比(たぢひ)=蝮(たぢひ)
蝮之水歯別命  たくさんの白鷺が留まっていた池の近くか。

綾羅木V式(古) の文様は日の出または日の入りの図


阿岐豆野の御狩り
有冨 大迫池の道路下、柿の木がある所


葛城山の大猪
有冨墓地の東側の尾根が葛城山である。 墓地入口の東隣、農家が野菜屑を捨てている場所にイノシシの箱罠が設置されており、昨年11月に大イノシシが捕獲されている。


下関市立考古博物館
休憩所 弥生の里
以前の自販機に警世の句 「古代を知れば− 未来が見える」 とあった。

草香邑、日下  綾羅木郷台地
若日下部王 字「若宮」
綾羅木郷遺跡から出土した犬の骨半分は若日下部王が飼っていた白犬である。

孔舎衛坂、大坂  石松さん宅横の急坂
蘇我蝦夷の畝傍の家は石松さん宅にあった。 文庫書紀C190-12
万葉集52 畝火の

斑鳩寺の墓
上の山古墳の北側を下りて墓がある場所に山背大兄王が居た。


基点 方位
ハンドウ山の登山口付近 藤原宮

冬至の日の出 方位
長府 覚苑寺の裏山(176.6m) 青香具山 仁馬山古墳が向く方角

冬至の日没 方位
ハンドウ山の山頂 天香具山
ハンドウ山の登山口付近 藤原宮
綾羅木 字「宝前」 中世の祭祀跡 日向・日下
綾羅木 字「下田」「船入」 難波宮
綾羅木海岸 字「勝ヶ野」 万葉集275、1171
  ↓
直線上に並ぶ


風土記 日下部氏
以下の場所はみな下関市立考古博物館の駐車場東端

播磨国風土記 美嚢の郡
119-12 日下部の連意美

出雲国風土記 秋鹿の郡
197-8 郡司 主帳 外従八位下勲□等 日下部の臣

豊後国風土記 日田の郡
289-8 邑阿自 日下部の君等が祖

肥前国風土記 松浦の郡
330-2 弟日姫子 日下部の君等の祖
333-9 大屋田子 日下部君等の祖

逸文 丹後国
474-3 筒川の嶼子 日下部の首らが先つ祖





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