邪馬台国 下関

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zoom RSS ―縄文・弥生・古墳―

<<   作成日時 : 2017/01/20 17:53   >>

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考古学
『日本列島の石器時代』 岡村道雄 著 青木書店 2000年
P69-1行目
この時期のこのような状況を日本化のはじまりととらえ、日本文化の誕生に引き継がれ、現代の地域性の原形ができ上がりつつあったと理解したい。

P68 図7 後期旧石器時代後半の日本列島の地域性

九州型ナイフ形石器文化地域圏 の範囲を見ると、
  下関市〜山口市 を含む。
  長門市沿岸〜萩市 は含まれない。

下関市域と長門市域は文化圏が異なる。
下関市と長門市の市境界は後期旧石器時代後半にはあった。


山口大学 考古学
売れ筋ランキング:新刊 2016年12月
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古代学協会
近畿地方における初期農耕集落形成をめぐる考古学的研究
研究期間: 2013年4月 - 2017年3月 代表者: 森岡 秀人

いのちのたび博物館・企画展「企救の国の青銅器文化」
http://doutaku.cocolog-nifty.com/blog/2016/08/post-4497.html

「高地性集落からみた弥生社会と銅鐸(森岡秀人氏講演会)」
http://doutaku.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_f23e.html
森岡秀人氏の年代論のおかしさ
http://ameblo.jp/torashichi/entry-11775447544.html

倭国には「原倭国」 と「新生倭国」 の二つがあった!?
http://www.bell.jp/pancho/k_diary-11/2014_07_29.html
伊勢遺跡のここがすごい!
http://ise-iseki.yayoiken.jp/index.htm


宇土市 デジタルミュージアム
海を渡った熊本の石棺
http://www.city.uto.kumamoto.jp/museum/10hitugi/kouhou-uto/h170401.html
馬門石とは
http://www.city.uto.kumamoto.jp/museum/10hitugi/makadoisitowa.html


北九州市芸術文化振興財団 埋蔵文化財調査室
北九州の歴史を考古学の力で紡ぐ
http://www.kicpac.org/bunkazai/shiminkouza28-4.html

城野石棺 移築記念シンポジウム
「城野石棺を読み解く〜古墳出現前夜の北九州〜」
http://kitakyushu-culcul.jp/history/7315/


響灘の弥生墓
山口県の古代遺跡〔T〕 集落・墳墓編  古代遺跡教材化研究会 平成7年
土井ヶ浜遺跡の珍品としてシャコ貝製頸飾りがあり、南中国との密接な交流を物語る貴重な遺物で、国内には類例がない。

「川中風土記」 を読む
http://44051510.at.webry.info/201407/article_2.html

油谷町史 P101
岡ノ鼻遺跡  油谷町久富の長久
遺構には弥生時代末期の方形周溝墓とみられるもの一基と、古墳時代の竪穴住居跡および中世の掘立柱建物跡が検出された。 ここで注目すべきことは、同所の排土中に羽状文をもつ弥生前期末の土器片(綾羅木V式に比定) が含まれており、付近に弥生時代前期のムラ跡の存在を示唆していることである。

遺跡ウォーカー  ttp://www.isekiwalker.com/iseki/195626/


歴史作家
『倭人伝を徹底して読む』 古田武彦 著 ミネルヴァ書房 2010年 
『邪馬一国への道標』 古田武彦 著 ミネルヴァ書房 2016年 
※ 80年代に出版された本の復刊

『徐福集団渡来と古代日本』 いき一郎 著 三一書房 1996年
『野馬台詩の謎』 小峯和明 著 岩波書店 2003年 立教大学教授


私見
弥生時代の開始
徐福東渡(紀元前210年) ・・・ 下関市域の倭国 泰山

古墳時代の開始
呉王孫権の東方遠征(230年) ・・・ 関西政権 前方後円墳
呉の鏡が見つかった所
  山梨県 富士山麓
  宝塚市
  人吉盆地 免田町 鍍金鏡

倭国の終焉 680年〜730年 700年説(古田史学の会)
野馬台詩の場所は下関市有冨上


関西の「ヤマト王権」 と熊本県は日本書紀の国だった。
関西の巨大古墳に宇土半島の阿蘇ピンク石が使われる。

関西「ヤマト王権」 の遺跡・古墳は下関市域のコピーなので、阿蘇ピンク石に相当するのは下関市吉見漁港・永田本町の海岸に広がる赤石である。 吉見の人が亡くなったので関西ヤマト王権は熊本県宇土から似た石を運んだ。


筑紫(竺紫) 松浦市
秦王国 太宰府

倭国(邪馬台国、俀国) 下関市有冨上
卑弥呼が帯方郡に遣使 「親倭王」(239年

隋書俀国伝 「阿蘇山あり」
俀国は熊本・関西かも。


多婆那国 新羅の脱解
倭国は下関であり、倭国の東北1千里は長門市。

古代の地図 日本列島が逆さまに描かれている。
「倭国の東北1千里」 は福岡県春日市・大野城市か。

弥生時代の考古学 下関市青山麓には福岡市域から来た人が住んでいた。
古事記 須佐之男命は「青山を枯山なす泣き枯らし」 とあり、下関市の青山だ。
民俗 下関市田倉には忌籠り行事がなかった。 「よしみ史誌」 P543-12行

下関市形山 → 一の宮 → 椋野
出雲の肥の河 楠乃川。 または武久川 生野神社
八俣大蛇 八塩折の酒 椋野の岩谷古墳から出土した甕
鳥髪 下関市宝町の鳥越山

下関の住吉神社=出雲説
一の宮住吉2丁目 - 4 - 5 アパート「ギャロップ」 横に
太夫」 という住吉神社の神木がある。
清の湯山主三名狭漏彦八嶋篠 文庫書紀@94-9
清の繋名坂軽彦命 ・・・  椋野の字「蜘手」

有冨上 字「中村畔」 から住吉神社は「巳」(蛇) 南南東 の方角である。

下関の住吉神社内に検非違使社がある。 祭神 火須勢理命→須勢理比売
 

熊成峯 飯塚市 穂波 出雲(JR 桂川駅近く)
根の国 福岡県春日市

熊成峯が彦山なら根国は筑後川流域


紀伊国
の国の「木」 は陰陽五行の配当で東なので、紀伊国は下関市勝谷・長府
前勝谷の熊野神社、勝谷神社の伊邪那美命、聖武天皇の紀伊行幸

紀の湯 
楠乃の字「湯出」 ビッグモーター前  温泉伝説
http://44051510.at.webry.info/201411/article_26.html


中央地点
有冨 はんどう山の登り口下 付近が中央地点である。
有冨 はんどう山の登り口下を基点にして方位磁石 西偏7°で測れば
  北方向 竹生寺・妙見社
  東方向 青山
  南方向 石原156番地、火の山、椋野の妙見山
  西方向 梶栗浜遺跡


面土国
綾羅木郷遺跡から出土した人面土製品 黥面文身 

【黥面文身】 について
http://www.geocities.jp/ydna_d2/geimenbunshin.html
縄文稲作は中国江南地方から来た
http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn2/002_03_01nettaijaponica_ha_dokokarakitaka.html

倭面土国
http://www.k3.dion.ne.jp/~kodaira/xyz1106b.htm


『山口県風土誌』 第11巻 P325
阿武郡 大井村  
名義
不知。 延喜兵部省式長門国駅に阿武。 また和名鈔本郡郷名に阿武とある本村の事なり。 海外にもはやく聞えたる地名にて図書編に倭委と見えたり


  ↓
「倭」 の字は「大」(おほ) である。

大型漢和辞典で
「面」
「土」
を調べる。





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