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zoom RSS 綾羅木郷台地遺跡 (木舩地区)

<<   作成日時 : 2016/07/03 08:26   >>

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発掘調査 了元寺の場所 古墳時代 
土師器の甑(こしき) は雄略記 春日の袁杼比売が酒造りに使ったものである。

また天皇、丸邇の佐都紀の臣が女、袁杼比売を婚ひに、春日に幸行でましし時、媛女、道に逢ひて、すなはち幸行を見て、辺に逃げ隠りき。 かれ御歌よみしたまへる、その御歌、
嬢子の い隠る岡を
金鉏も 五百箇もがも。
鉏き撥ねるもの。
かれその岡に号づけて、金鉏の岡と謂ふ。

(角川ソフィア文庫 新訂 古事記 41版 平成13年 P181)

丸邇 字「丸ノ内」

袁杼
音が橘の小戸に同じ。「袁」(長い着物、遠) 「杼」 (機織のヒ、ドングリ)

岡 字「岡」 下関市立考古博物館の建物がある場所
隠る 弥生貯蔵穴の中に逃げ隠れる
金鉏 木舩地区の貯蔵穴から砥石が出土している


万葉集3168
衣袖之 真若之浦之 愛子地 間無無 吾恋
  ↓
金鉏とは似る。
真若之浦 字「若宮」
愛子地は綾羅木郷台地の珪砂である。

往昔、綾羅木の浜は「時浦」 と呼ばれた。

愛子地
1392
1393
2734 細砂裳

大埼
1023 字「大森ア」
3072

字「宝前」 は住吉である。


綾羅木郷の了元寺から出土した古墳時代の甑(こしき) は古事記の袁杼比売が雄略天皇に酒を献上した時に使ったものである。

春日は東だから以前は有冨の東にあるサンヨー跡下 甑土器の出土地か
と考えていた。

三重の伊勢の国の婇が雄略天皇に酒を持ってきた話がある。 三重県の伊勢市から雄略天皇の宮まで険しい山道を通って酒を持ち運んでくるは実行不可能である。 記紀・万葉の舞台は下関市綾羅木川の北側である。





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